「それほど、薬売りさんの匂いが、気に入っているんですか」
何処からか降って来る声。
その声で、また意識が浮上する。
とても優しい、心地のいい声。
「違うよ…」
降って来る声に素直に答えてしまうのは、夢の中だからだろうか。
「違う?」
そう、違うのだ。
この香りのことを気に入っている訳ではない。
この香りが自分を安心させてくれる訳ではない。
いや、この香りが嫌いな訳では決してない。
香りではなく、もっと根本的なものだ。
「…匂いじゃないの」
「匂いじゃない…。じゃあ、何ですか」
一瞬の躊躇い。
言っても、いいだろうか。
夢の中とはいえ、言葉にするのは恥ずかしいのだ。
「何ですか」
再度聞いてくる優しい声。
その声に促されると、不思議と、言ってもいいか、という気になる。
夢の中で自分が何を言っていようが、薬売り本人の知る所のものではないのだから。
「薬売りさん」
にこりと微笑んで、語尾が弾むように上がった。
恥ずかしいのか、は身を捩じらせた。
香りの強い方を向いて、背中を丸めて少しばかり小さくなった。
「…まったく」
薬売りは、ため息混じりに微笑んだ。
は、基本的には素直な娘なのだが、自ら“好き”と言ったり、自ら身を寄せてくる事は滅多にない。
全て眠っているからこその言動なのだ。
眠っているからこそ、素直な気持ちを聞かせてくれたのだ。
嬉しい反面、少しばかりの罪悪感もある。
本人が無意識な状態で、こんなことを言わせて良かったのだろうか。
「でも、貴女が、その話を振ったんですよ」
自分はそれに乗っただけだと。
それに、黙っていれば問題はない。
今宵の出来事は、薬売りだけが知っている事なのだ。
「後は、目覚めたときに、この状態をどう説明するか、ですかね」
少しも困った風ではない、寧ろ楽しそうな薬売り。
「まぁそれも全て、貴女がさせたことだ」
呟いて、薬売りはの背中に手を回した。
そして自らももう暫くの眠りに就くのだった。
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「ちょっっ…! 何でこんなっ。薬売りさん!??」
「…何ですか…、そんなに騒いで」
「この体勢は何なんですか!?」
「何と言われても、昨晩、貴女が…」
「わ、私が??」
「酔った貴女が、離してくれなかったんじゃあ、ないですか」
「私がですか!?」
「挙句、俺の匂いが気に入ったと」
「な、何言ってるんですか!」
「貴女が言ったんですよ」
「そんな訳っ」
「そう言って、俺に抱きついたんですよ」
「う、嘘です! そんなの嘘です!」
「…昨日の貴女は、そりゃあ素直なもんだった」
「はい!?」
「いつも、あれくらい素直なら、俺は嬉しいんですがね」
「訳の分からない事を言わないで下さい!」
「…寝起きから、煩いですよ…」
「…っ」
-END-
遅くなりましたが、10000打キリリクでございます。
二ヶ月も経ってしまいました…お待たせして申し訳ないです。
「夢主の寝言で遊ぶ薬売り」というリクエストだったのですが
如何でしたでしょうか?
ヒロインの寝言で遊んではみたけれど
寧ろ薬売りの方が弄ばれた感があるのが否めない気がします…
2011/9/24