〜肝試し・弐〜







「おう、戻ったな」


 薬売りとの姿を見つけて、さっきの男は喜々とした顔で出迎えてきた。
 既に肝試しを終えた男女も、殆んどがホッとしたような顔をしている。
 中には、気まずい雰囲気を醸し出している組もあるようだが。

「参加者は全部で十組、うち二組は札を持って帰ってきた。ってことは、お前さんたちは八枚の札を持っていればいいってことだな」

「え…」

 は思わず声を上げていた。
 そして薬売りを見る。
 薬売りはと目を合わせると、口角を上げた。

「どうやら…」
「あ? 何だ?」
「別なものが一枚、混じっているようで」
「は?」

 男は薬売りから札を受け取ると、枚数を数え始めた。
 一、二、参、四…。

「どういう事だ。これじゃあ、一枚多いじゃねえか」

 男の言葉に、それまでの安堵の空気が一変、凍りついたように動かなくなった。

「俺達は、言われたとおり、札を持ち帰っただけ、ですよ」
「しかしなぁ」
「気になることは、ありましたが」
「な、何だ?」
「俺達の前の組は、俺達が出立する前に戻ったと、聞いたんですが」
「あぁ、そうだ」

 ちゃんと順番を決め、その通りの順で肝試しを進めた、と男は言った。
 先の組が戻ってくるのを待ってから、後の組を行かせたのだと。

「でも、いたんです」

 が控えめな声を出した。

「いた、って」

 皆の視線がに集まる。

「私達の前に」

 確かに、薬売りとが石碑を視界に入れたとき、その石碑の前には一組の男女が立っていた。
 何か話して、そして去っていたのだ。
 その話を聞いて、皆そわそわと視線を泳がせた。

「この札、よく見りゃあ…」

 灯りの下で札を検分していた男が声を上げた。

「今回用意した札じゃねぇ。前の…三年前のだ」

 誰かが、息を呑んだ音がした。

「どういう、ことで」

 薬売りが静かに問いかける。

「いや、この札は全部違う柄が描かれているんだが、年ごとで使う色を変えてるんだ。今年は緑を使ってるが、これだけ青だ…」

 あぁ、と皆が納得したような顔に変わった。

「佐吉さんと八重さん…」

 誰かが小さく呟いた。









 佐吉と八重は、三年前のこの肝試しに参加していた。
 二人の順になって二人は闇に消えていった。
 その年の最後の組だった。
 けれど、いくら待っても戻ってこなかった。
 不審に思ったその時の参加者たちが様子を見に行くと、二人は墓場のちょうど中ほどの所で死んでいたのだ。
 二人とも、刃物で腹を刺されていた。
 よくよく調べてみると、寺の仏像が何体かなくなっていた。どれも高価なものだったらしい。
 どうやら、二人はその仏像を盗んだ者と運悪く出くわしてしまったらしい。
 顔を見られた盗人は、二人を刺した。

 二人は、次の春に祝言を挙げるはずだった。

 冷たくなった二人は、しっかりと互いの手を握りしめていた。



「それから肝試しはやらなくなって、三回忌が済んだ今年、漸く再開したんだ」

 反対する者もいた。
 けれどその方が、二人は喜んでくれる。
 石碑まで辿りつけないままでいるのではないか、成仏出来ていないのではないか。
 再開すれば、目的を果たして、成仏できるのではないか。
 皆、そう思ったのだ。
 そんなことは生きている人間の勝手な考えだと、分かっていたけれど―。

「肝試しが再開して、二人はこの札をやっと置いてくる事が出来たんだ」

 死んだ二人の周りをいくら探しても見つからなかった訳だ。













 薬売りとは寺を後にした。

 何だか、納得できない。

 には、声も、気配さえも感じられなかった。

「不満、ですか」
「え?」

 どうやら少々口が尖っていたらしい。

「…だって、私には何も…」
「それはきっと、二人が、もう成仏しようとしていたからじゃあ、ないですか」
「え?」

 肝試しが再開して、漸く札を置いてくる事が出来た。
 もう、二人に思い残す事などなかったのかもしれない。
 皆が順に札を置いていって、最後に自分達の番が回ってくる。
 それを、ただ待てばいいのだから。


 もちろん、生きて一緒になることはなかったけれど。


 せめて、札を置いて逝きたかったのかもしれない。




 そう思いませんか、と薬売りが視線だけで聞いてきた。
 は笑った。
 切なさで、胸が締め付けられたけれど…。

「そうだと、いいですね」











「それで、俺達は、どうなるんでしょうか、ね」


 唐突に薬売りが言った。


「…なにがですか…」


 返事が片言になったことを、は自分でも分かっていた。


「縁結びの肝試し、だとか」
「知ってたんですか…?」


 薬売りは口角を上げた。


「まあ、関係のないこと、ですがね」


 その言葉に、は血の気が失せていくのを感じた。


 肝試しよりも、酷く恐ろしい言葉だ。
 モノノ怪以上かもしれない。


「そうですよね」


 力なく答えた
 俯くと、髪が流れた。


「何を考えて、いるんだか」


 薬売りは、微かに笑んだ。
 が何を考えているかなんて、その声色で分かってしまう。
 もう、そのくらい近いところにいるのだから。
 物理的な距離のことでは、もちろんない。



 それを見て、は理解した。
 薬売りの言うところのものを。









 肝試しも、縁結びも関係ない。





 ずっと、変わらないのだから。





 ふたりで、歩いていくのだから―。


















-END-







今更ながら5000打お礼です。
遅くなってすみません…
言い訳はそのうちブログで。

5000打ありがとうございました!

2010/9/12