暫く歩くと、目的地に着いた。
薬売りは思わず口角を上げていた。
希少性の高いその薬草が、これほど群生している所を見たことが無かったからだ。
薬売りは、品定めしつつ、その葉を摘んでいった。
ふと、さっきの女にも、摘んでいってやろうかと思いついた。
そう思った瞬間に、薬売りはまた、口角を上げた。
「興味は無いと、言ったんですがね…」
脳裏に、ある娘の姿が浮かんだ。
自分の事よりも、人の心配をする。
お節介に、他人の事に首を突っ込む。
自ら危険に飛び込んでいく、あの娘。
持って行ってあげませんか?
「貴女が居たら、きっと、そう言うんでしょう」
薬売りは小さく呟いた。
「余計なお世話、でしょうに」
でも、あの人は、これが欲しかったんですよ?
「暫くは遊ぶと、言っていましたよ」
これを持っていれば、悔いなく、好きなときに逝けると思うんです。
「貴女は、いつもそうだ」
負けたとばかりに目を閉じて、小さく溜め息を漏らした。
険しい山道だからと、宿で待っているように言った。
不満そうな顔をしたけれど、見送ってくれる笑顔はいつものものだった。
声が聞こえたと、その時に教えてくれた。
害はなさそうだが、くれぐれも気をつけてと。
言外に、何かしてあげてと、言われている気もした。
けれど薬売りは、それには気づかないふりをした。
モノノ怪でなければ、何をするつもりはない。
そう答えて出てきた。
けれど、それは嘘になりそうだった。
靄の薄くなった道を、薬売りは下っていた。
その途中に、女の姿は無かった。
気配はあるものの、遭遇した辺りに差し掛かってもその姿は見つけられなかった。
結局薬売りは、女がしゃがみ込んでいた辺りに薬草を置いて、そのまま下山した。
「お帰りなさい!」
宿の前で掃き掃除をしている娘が、嬉しそうに声をかけてきた。
「ただ今、戻りました」
薬売りの表情も和らぐ。
「どうでした? お怪我は」
「ありませんよ。山に登っただけ、ですからね」
「でも、靄も濃かったし」
「大丈夫ですよ」
薬売りを一通り見回す娘に、薬売りは頭を振った。
「目的のものも、ホラ」
「わぁ、沢山」
麻袋に入った見慣れない植物に、娘は目を丸くしていた。
薬売りは、小さく笑んだ。
「さん」
「はい?」
と呼ばれた娘は、視線を袋から薬売りに戻す。
「その後、声は、聞こえますか」
「え、いえ。靄が晴れた頃に、聞こえなくなりました。というか、多分」
「声の主が、居なくなった」
「…はい。でも、どうして?」
薬売りは、無言での頭に、ぽん、と手を乗せた。
「俺も随分、貴女に感化されたらしい」
「??」
「モノノ怪でないものには、関わらずにきたはずなんですがね」
「えっと…?」
「きっと俺が、逝かせたんですよ」
「その声の主を、ですか?」
薬売りを見上げるは、首を傾げて問う。
「俺も、お節介になったもんだ」
無表情で、そんな事を言う。
「いいじゃないですか。嫌いじゃないです」
微笑むの顔を見ながら、それもいいか、と薬売りは思った。
靄の消えかかった山道に、一人の女が立っていた。
“興味ないとか、言ってたクセに”
足元に置かれた薬草を見つめながら、悪態をついた。
“そう、これが欲しかった”
女は薬草を拾い上げて、大事そうに胸に抱え込んだ。
今となっては必要ないのだけれど、それでも女は、嬉しかった。
“もう、遊び疲れた”
こんな山道に一人でいるのにも、もう飽きた。
ここで死んだがために、此処にしか居られず、たまに山に入ってくる男で遊んでいた。
遊ぶといっても、肩を貸してもらったり、話をするくらいだ。
それだけでも、生きていた頃よりもマシだった。
それも、もう…。
この靄とともに、消えてしまおう。
靄が晴れると、女の姿はなくなっていた。
そして、二度と現れることはなかった。
END
自分の中にその人を感じてみる。
2012/8/26