短編
〜朝靄・弐〜





 暫く歩くと、目的地に着いた。
 薬売りは思わず口角を上げていた。
 希少性の高いその薬草が、これほど群生している所を見たことが無かったからだ。
 薬売りは、品定めしつつ、その葉を摘んでいった。


 ふと、さっきの女にも、摘んでいってやろうかと思いついた。

 そう思った瞬間に、薬売りはまた、口角を上げた。


「興味は無いと、言ったんですがね…」


 脳裏に、ある娘の姿が浮かんだ。

 自分の事よりも、人の心配をする。
 お節介に、他人の事に首を突っ込む。
 自ら危険に飛び込んでいく、あの娘。


 持って行ってあげませんか?


「貴女が居たら、きっと、そう言うんでしょう」

 薬売りは小さく呟いた。

「余計なお世話、でしょうに」

 でも、あの人は、これが欲しかったんですよ?

「暫くは遊ぶと、言っていましたよ」

 これを持っていれば、悔いなく、好きなときに逝けると思うんです。

「貴女は、いつもそうだ」


 負けたとばかりに目を閉じて、小さく溜め息を漏らした。


 険しい山道だからと、宿で待っているように言った。
 不満そうな顔をしたけれど、見送ってくれる笑顔はいつものものだった。
 声が聞こえたと、その時に教えてくれた。

 害はなさそうだが、くれぐれも気をつけてと。
 言外に、何かしてあげてと、言われている気もした。
 けれど薬売りは、それには気づかないふりをした。
 モノノ怪でなければ、何をするつもりはない。
 そう答えて出てきた。

 けれど、それは嘘になりそうだった。








 靄の薄くなった道を、薬売りは下っていた。


 その途中に、女の姿は無かった。
 気配はあるものの、遭遇した辺りに差し掛かってもその姿は見つけられなかった。
 結局薬売りは、女がしゃがみ込んでいた辺りに薬草を置いて、そのまま下山した。








「お帰りなさい!」

 宿の前で掃き掃除をしている娘が、嬉しそうに声をかけてきた。

「ただ今、戻りました」

 薬売りの表情も和らぐ。

「どうでした? お怪我は」
「ありませんよ。山に登っただけ、ですからね」
「でも、靄も濃かったし」
「大丈夫ですよ」

 薬売りを一通り見回す娘に、薬売りは頭を振った。

「目的のものも、ホラ」
「わぁ、沢山」

 麻袋に入った見慣れない植物に、娘は目を丸くしていた。
 薬売りは、小さく笑んだ。

さん」
「はい?」

 と呼ばれた娘は、視線を袋から薬売りに戻す。

「その後、声は、聞こえますか」
「え、いえ。靄が晴れた頃に、聞こえなくなりました。というか、多分」
「声の主が、居なくなった」
「…はい。でも、どうして?」


 薬売りは、無言での頭に、ぽん、と手を乗せた。


「俺も随分、貴女に感化されたらしい」
「??」
「モノノ怪でないものには、関わらずにきたはずなんですがね」
「えっと…?」
「きっと俺が、逝かせたんですよ」
「その声の主を、ですか?」

 薬売りを見上げるは、首を傾げて問う。

「俺も、お節介になったもんだ」


 無表情で、そんな事を言う。


「いいじゃないですか。嫌いじゃないです」


 微笑むの顔を見ながら、それもいいか、と薬売りは思った。













 靄の消えかかった山道に、一人の女が立っていた。


“興味ないとか、言ってたクセに”


 足元に置かれた薬草を見つめながら、悪態をついた。


“そう、これが欲しかった”


 女は薬草を拾い上げて、大事そうに胸に抱え込んだ。
 今となっては必要ないのだけれど、それでも女は、嬉しかった。


“もう、遊び疲れた”


 こんな山道に一人でいるのにも、もう飽きた。

 ここで死んだがために、此処にしか居られず、たまに山に入ってくる男で遊んでいた。
 遊ぶといっても、肩を貸してもらったり、話をするくらいだ。

 それだけでも、生きていた頃よりもマシだった。

 それも、もう…。



 この靄とともに、消えてしまおう。







 靄が晴れると、女の姿はなくなっていた。


 そして、二度と現れることはなかった。



















END







自分の中にその人を感じてみる。

2012/8/26