そっと、指先で触れようとしてやめる。
細身の、けれど引き締まった背中。
手を自分の元に引き戻して、その背中を眺める。
胸から左肩に掛けて巻かれた晒しが、痛々しい。
「ごめんなさい」
「何ですか、急に」
「私のせいで、こんな…」
「貴女のせいではないと、言った筈ですがね」
「でも」
モノノ怪と対峙したとき、を庇った薬売りは怪我をした。
モノノ怪の刃は薬売りの左肩を掠めて、は鮮血を見た。
「私のせいです」
「違いますよ」
薬売りは難儀そうに身体を動かす。
の方に半身を向け、右手での顔を上げる。
「俺が、貴女を、守りたかったんですよ」
今にも泣き出しそうな顔をするを、あやすような優しい声。
「薬売りさん…っ」
その声に、優しさに、余計に泣きそうになる。
「だからもっと、別な言葉を、くれませんかね」
言葉じゃあなくてもいいんですがね、というのは止めておく。
「別な言葉、ですか…?」
目を細めて、肯定を伝える。
「…えっと…」
薬売りの予想に反して、は考え込んでしまった。
それほど難しいお題を出したつもりは、これほどもない。
けれど、真剣に考える姿も、見ていて飽きるものでもない。
いい答えが思いつくまで、このまま様子を覗っていようと、薬売りは元の体勢に戻る。
晒しの具合を確かめながら、背後から聞こえるの声に耳を傾ける。
声と言っても、唸っているだけ。
それもまた面白いと、薬売りは密に笑う。
「…!」
突然、背中に何かが触れた。
それがだということはすぐに分かった。
背後から優しく薬売りを抱きしめている。
怪我を気遣うように、ふんわりと。
右の肩甲骨に触れる髪がくすぐったい。
心地よさを感じていた薬売りは、小さな声を聞いた。
「えっと…、ありがとう、ございます…?」
問いかけてくる感謝の言葉に、薬売りはクツクツと笑った。
「あのっ、違いますか?」
は慌てて顔を上げる。
それと同時に腕が解かれ、温もりが消える。
薬売りは再びに半身を向ける。
右手でを引き寄せると、鼻と鼻が触れ合う手前で留めた。
そうして囁く。
「ご名答。…これは、ご褒美ってぇことで―」
-END-
ご褒美はご想像におまかせして。
2010年3月から7月頃まで拍手お礼として公開していたものです。
二周年を期にここで復帰させました。
2011/8/21