「ちゃ〜ん!」
幼い声が、良く知った名を呼ぶのが聞こえた。
薬売りは声がした方に足を向ける。
角を曲がると、小さな子供たちが何人か、走っていくのが見えた。
子供達が入っていったのは低い垣根の中。
萱葺きの小さな家がひっそりと佇んでいた。
薬売りの肩より少し高い垣根から、盗み見るように中を覗き込んだ。
見えたのは、と五、六人の子供。
は縁側に座って、眠る幼子に膝を貸していた。
「し〜、静かに」
はしゃぐ子供たちに、は小さな声で注意する。
膝の上で寝息を立てている子を起こさないために。
子供たちはそれぞれ“しまった”というように両手で自分の口を抑える。
そうして寝ている子供の顔を覗きこむ。
皆が自然に笑顔になる。
の穏やかな笑顔に、薬売りの胸がざわついた。
薬売りは、胸のざわつきが何なのか分からないままに部屋に戻った。
いつものように行李の中を整理して、帳簿をつける。
「…」
疲れているのか、軽い倦怠感がある。
それに加えて、胸のもやもやとした感じ。
薬売りは自嘲する。
「ただ今戻りました」
障子を滑らせて、が部屋に入ってきた。
「お帰りなさい」
「はい」
は上機嫌で、薬売りは何故だかそれが気に入らなかった。
「今日のお仕事は子供たちのお守りだったんですけど、皆すごく可愛くて」
その日のことを話すのはの習慣で、薬売りもの話を聞くのは嫌いではない。
けれどやはり、今日は気分が乗らない。
そうですか、と気の無い返事をして背を向けてしまった。
「薬売りさん?」
は首を傾げて薬売りの元へとやってくる。
「どうかしましたか?」
「何も」
「でも」
「何もありは、しませんよ」
は困惑の表情を浮かべる。
薬売りは“しまった”と思う。
そんな顔をさせたいのではない。
「少し、疲れているだけ、ですよ」
心配させまいとして、そう呟く。
「じゃあ、少し横になってはどうでしょうか」
「そう、ですね」
「僭越ながら、膝をお貸しします」
「はい…?」
の唐突な申し出に、薬売りは柄にも無く間の抜けた声を出してしまった。
「私の膝は寝心地がいいらしいですよ。子供の言うことなので、保証は出来ませんけど」
少し恥ずかしそうに言う。
「あ、でもそれって肉付きがいいってことなんでしょうか…」
眉間に皺を寄せて邪推する。
そんなに、薬売りは負けたと思ってしまうのだ。
「いいんですか」
「え?」
「膝を借りても」
「も、もちろんです。薬売りさんが嫌じゃなければ」
「じゃあ、遠慮なく」
薬売りは横になる位置を確かめる。
はその間に座り直して体勢を整える。
薬売りはゴロンと横になって、頭をの膝に預ける。
なるほど、と思う。
子供の言うことは間違ってはいなかった。
何故だかとても、安らぐ。
胸のざわつきが、治まっていく。
クスリと笑んで、前髪の間からを盗み見る。
そうして薬売りは、己の胸のざわつきの正体に気付く。
自分はこの穏やかな笑顔が、見たかったのだと。
この笑顔を、自分に向けて欲しかったのだと。
-END-
簡単に言うと、やきもち焼いちゃってた的なことかと。
自分もしてもらいたかったらしい。
2010年3月頃拍手お礼として使っていたものです。
更新出来ない代わりに復帰させました。
2013/1/15