短編〜花吹雪〜









 舞い落ちる花弁で、見えなくなっていく背中。

 手を伸ばしても、届かない。





 貴方は、振り返る事も、立ち止まる事さえも、してはくれないような気がして。

 伸ばした手を、引き戻す。



 一緒に旅を始めた頃に感じていた不安は、まだ微かに胸の奥にあって。



 過ごす時が、長くなればなるほど、胸の深いところに侵食していく。



 そうして気付く。
 独りでは、もう、居られないのだと。

 貴方の傍に在って、私は私でいられるのだと。




 小さくなった貴方の背中は、小さな花弁でも容易に隠れてしまう。

 空いてしまった距離を、花弁が埋め尽くしていく。

 時が過ぎるごとに積もっていく花弁が、哀しい。

 こんなふうに、時が過ぎるごとに、新しい記憶が出来るほどに、貴方の中の私は薄れていくだろうか。

 消えていくだろうか。




 そうして、思い出しては、くれないのだろうか。




 堅く目を閉じて、静かに息を吐き出す。




 もし私が居なくなっても、貴方はきっと、変わらない。




 それでも、私は…






 一陣の風が吹いた。

 強い風に驚いて目を開けると、花弁が一斉に舞い上がっていた。

 その、舞い上がる花弁の向こうに、貴方を見た。




 立ち止まって、こちらを向いて…




 何か言いたげな顔。

 けれど何も言わないで、貴方は引き返してくる。

 舞い落ちる花弁の中を。

 降り積もった花弁の上を。




 振り返る事も、立ち止まる事もないと思ったのに。




 半歩ほどの距離を残して、貴方は私の前に立った。

 貴方は見下ろし、私は見上げる。



 無言のまま、貴方は私の手を取った。


 届かなかったはずの、手。


 花弁が、その手に舞い落ちる。








「あまり桜の花に見惚れていると、置いていってしまいますよ」

「…」

 胸が痛い。

「花弁に攫われぬよう、いつも手を取っていないと、いけませんね」

 意地悪そうに、そう囁く。




「貴女がいなければ、困るんですよ」




 その言葉に、涙が溢れた。


















-END-













何故か春なのに感傷気味ですが。



今はもうないACIDというバンドの「花吹雪」という曲から
イメージしたものです。

ちょっと切ない別れの曲。
また会うことを願って別々の道を行く曲ですが(多分)
うちでは離れさせるわけには出来ないので…


気付けば変換がない!


2010/4/18