短編
〜春の使い〜






 麗らかな春の日差しが降り注ぐ縁側。
 そこに座り込んで、障子に凭れる後ろ姿があった。
 黒髪が、時折そよぐ心地良い風に揺れる。

 薬売りが部屋に戻った時には、既にその構図が出来上がっていた。
 口角を上げて、暫くの間その様子を遠目に眺めていたことは言うまでもない。
 柔らかな光は、縁側の背中を優しく包み込んでいる。

 畳を滑るように静かに歩き、縁側へと向かう薬売り。
 屈んでその顔をそっと覗き込む。

 穏やかに、微笑むよう。

 薬売りは破顔した。

 全身に春の光を浴びて、とても幸せそうに眠っている。
 その姿、表情を見ただけで、どんな思いで眠りについたのか、どんな夢を見ているのか、想像できる。

 薬売りは縁側に膝をつくと、そっと手を伸ばした。
 手の甲でさらりと髪をなぞる。
 漆黒の髪は、光を浴び続けているせいか、とても温かくなっている。

 あまり長い間浴びすぎても如何なものか。
 薬売りは敢えて髪を梳き、顔にかかる髪を耳に掛けてやった。


「…ん…?」


 何かが触れたことで、目が覚めたようだった。


「…?」


 ゆっくりと目を開けて、ぼんやりとしている。


「随分幸せそうに、眠っていましたね、さん」


 囁くように優しく問いかける。


「…くすりうりさん…?」


 眩しそうに目を細める。


「えぇ、今、戻りました」


「…おかえりなさい」


 まだ半分夢の中かと思えるほど、まったりとした声。
 それでもは目を軽くこすって、凭れていた背中を起こした。
 そうして薬売りと向かい合うと、穏やかに微笑んだ。
 薬売りはもう一度その髪を梳いた。


「絶好の昼寝日和、ですね」

「ふふ、そうなんです。随分暖かくなって、つい眠ってしまいました」


 照れたように笑う
 それに薬売りも目を細める。


「直接陽が当たってしまっても、あまりよくありませんよ」

「…そうでした」

 薬売りに促されて、二人は部屋へと戻った。
 部屋の中は日が差さない分少し寒く感じるけれど、入り込んでくる風は穏やかな春風そのものだ。
 それに、の髪に頬を寄せれば、まだ日の光の温かさが残っている。

 ぎゅう、とそれを抱き込んで感じるのは、温かな日差しと、春の匂い。

 この娘は、きっと春の使いなのだ、と薬売りは顔を綻ばせた―。

















END



2014/3/30