真っ青な空は、雲を引き寄せる隙もない。
降り注ぐ光は、裸の木々をそのまま雪に焼き付ける。
うっすらと積もった雪に、黒々とした影。
二人は、ただそれだけの世界に居た。
「寒いと思ったら、雪が降ってたんですね」
白い息と共に、がそう吐き出した。
昨日はとても冷え込んだが、雪の気配はなかった。
その為、朝になって外を見たは、一面の銀世界に目を丸くした。
「夜中に、多少、風は吹いていましたよ」
「そうなんですか?」
全然気づかなかった、とは肩を落とした。
「何だか、踏み荒らすのが、勿体ない景色、ですね」
薬売りが戸の外を見ながら、何とはなしに言う。
「はい。白い雪と、木々の黒い影。青い空も。全部がキラキラしてます」
街道から外れた木立の中の小屋。
辺りはの言ったもの以外、何もなかった。
「何だか、全てのものから隔離されたような場所です」
「俺たちだけの世界、ってぇところ、ですか」
薬売りはそう言うと、の髪に触れた。
サラリと髪を攫ったあと、その手はの肩を抱いた。
は横目で薬売りを見ると、口元を緩ませた。
そうして、それを隠すように俯いた。
「おや、意外な反応、ですね」
「そうですか…?」
「“何言ってるんですか”と返ってくるかと…」
チラリと薬売りを見上げたと目が合って、薬売りは口角を上げた。
「私もそう思ったんです」
「…ほぅ」
はまた俯くと、小さく息を吐いた。
「普段決して、“この世界に二人だけだったら…”なんて思わないんですけど」
「思わないんで」
「思いませんよ。この世は、たくさんの人が生きてこそ、美しくて、哀しいものなんですから」
これまで旅をしてきて、人の縁を目の当たりにしてきてのの言葉に、薬売りも納得する。
「でも、この景色の中には、他の誰も入り込んでほしくないって、思いました。薬売りさんと見ていたいって」
「言ってくれるじゃあ、ないですか」
俯いたの顔を覗き込むように、薬売りは身体を傾けた。
それに気づいて顔を上げた。
視線が絡むと、共に口角が上がった。
「さん」
「はい?」
「ほんの少しだけ、俺たちも、この景色の一部に、なってみませんか」
「景色の一部?」
「えぇ」
薬売りはの肩を抱いたまま足を踏み出した。
つられての足も動く。
青空の下、白と黒の世界に、また別の二色が加わる。
けれど、その二色が創り出すのはやはり、木々の影と同じ漆黒。
「ほぅら」
薬売りに促され、二人は振り返った。
その景色に、は息を呑んだ。
二人の影が、その世界の中心のようだった。
こうして世界は、完成された。
冬の快晴三部作・弐
END
2015/1/11