火車
〜幕引き〜





 樫山の屋敷から程近い森の中、その一角に開けた場所があった。
 薬売りとは、しゃがみ込んだ楓の背中を見守る。
 その傍らではテルがすすり泣いている。

 楓の視線の先には、小さく土盛りされ、石が置かれているだけの墓があった。
 その石を見つめながら、楓は静かに涙を流した。

「やっと…見つけた…」

 その背中を、は哀しそうに見つめていた。

 正信の手に掛かった陽一郎は、密にここに埋められた。
 陽一郎は、本当に江戸へ書状を届けに出たのである。その途中、正信に襲われた。
 陽一郎の家の者は、道中何かがあって、行方知れずになったと思っている。

 正信は事後処理をテルに手伝わせ、口止めをした。
 テルは、陽一郎がもうこの世には居ないと知っていながら、楓に陽一郎を待たせ続けた。
 更には、楓が梓の代わりだという事も知っていた。
 何れは正信が、楓に何かしてしまうのではないかと戦々恐々としていた。

 だからせめて、いつも楓の傍に控えて、抑止しようとしていた。

 だからせめて、いつか墓参りだけでもさせてやりかった。


「テル、連れて来てくれてありがとう」

 涙を湛えながら、それでも微笑もうとする楓。

「いいえ、お嬢様。私は、すべて知っていながら…!」

「仕方の無いことよ。私も、お父様を責め切れなかった。それでも、最後の最後に…」

 目を閉じた楓は、再び涙を流した。



 すべて終わった後、気を失っている楓の傍には焼け焦げた正信が倒れていた。



「私の中のモノノ怪を、斬ってくれてありがとう。色々なものから解放された気分よ」

 立ち上がった楓は、薬売りとに向き直った。
 薬売りは無表情にそれを受け止め、は下手な笑顔で応えた。

「これからは、テルと二人で慎ましく生きて行こうと思うの」
「お嬢様…!」

「そうしたいの」


 テルを制して、楓は穏やかに微笑んだ。


「貴女方ならきっと、大丈夫、ですよ」


 薬売りは目を細めた。


「妙な行商に、引っかからなければ、ね」


 楓もテルも、でさえも、思わず噴出して笑っていた―。



















-END-












2012/12/2