時刻は既に深夜。
いつもより遅い就寝になった。
先に床に就いたさんを起こさぬよう、寝室の襖を開けた。
小さくなった蝋燭の火がほんのりと、さんの寝顔を照らしている。
どこか、いつもと様子が違う。
さんが横向きに、背中を丸くして眠っている姿は、あまり見たことがない。
その顔を覗き込む。
思いのほか、苦しそうな顔をしていた。
「…薬売りさん…」
微かに、その唇が動いた。
寝言だからかもしれないが、普段の気丈なさんからは聞くことのない弱い声だった。
自分を呼ぶほどに、大変な状況なのだろうか。
悪夢でも見ているのか。
何かに取り込まれそうなのか。
意識をさんの周囲、部屋の周囲へと向ける。
けれど、特に何の気配も感じられなかった。
ということは、さんの、内なるもの。
「薬売りさん」
今度は、はっきりと強く呼ばれた。
何が原因かは分からないけれど、このまま放っておく訳にもいかない。
さんの傍に座り込んで、手を伸ばした。
気休めにしかならないが、札を一枚、身体に貼った。
札は色を変えることもなく、大人しいままだ。
何の力もないことを確認してから、さんに視線を戻す。
相変わらずの表情。
ゆっくりと頬を撫で、髪を撫でた。
これも気休めにしかならないだろうが。
「…俺は、ここに、いますよ」
何度か繰り返すうちに、さんの表情が和らいだように見えた。
強張っていた身体も、力が抜けたように思う。
もう一息、というところか。
「大丈夫、ですよ」
出来る限り優しく囁く。
「さん」
いつも、貴女の傍にいます。
だから、早く、戻っておいで。
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2016/8/28