短編
〜風の先・参〜










 ぼんやりとした視界に映る世界は、やっぱり薄暗かった。
 けれど、すぐ傍に誰かがいるのは分かった。
 ゆらゆらとその影が揺れているのは、きっと蝋燭の灯のせいだ。

さん」

 その低い声は、優しい響き。

「…ん」

 瞼が重くて、思うように目が開かない。

さん」

 もう一度呼ばれて、どうにか目を開けなきゃと思う。
 腕を上げようとすると、酷く怠くて思うようにならない。
 それでも目元に手を宛がって、何とか視界を取り戻そうとした。

「大丈夫、ですか」

「…薬売りさん…?」

 どうにか目を開けると、薬売りさんが覗き込んでいた。

「薬売りさん!」

「おっ、と」

 重い体を引き上げるようにして、薬売りさんに抱き着いた。
 薬売りさんは私を受け止めて、抱きしめてくれた。

「…会いたかった…」

 噛み締めるように言うと、薬売りさんは頭を撫でてくれた。

「会いたかったってぇ、今日一日、一緒だったじゃあないですか」

 少し呆れ気味の声だった。
 それに私は首を振った。

「夢の中で、ずっと一人だったんです」

 薬売りさんも、繻雫もいない。
 何もない世界で、ただ一人歩いていた。

「薬売りさんに会いたいって…ずっと、歩いて」

 薬売りさんにしがみつく様にして、まるで子供みたいだ。
 それでも、薬売りさんが居ることが嬉しくて仕方ない。

「薬売りさんを呼んだら風が吹いて。そこに向かって歩いたんです」

 頬に優しく触れて、髪を柔らかく揺らす。
 今、薬売りさんがしてくれているみたいに。

「あ…っ」

 顔を上げると、薬売りさんと目が合った。
 薬売りさんは目を細めると、静かに言った。





「俺はいつも、貴女の傍にいます」




 あぁ、本当にこの人は、いつも…






















END











2016/9/4