旅が二人連れになって、随分と経つ。
連れの娘の印象と言えば、明朗快活、天真爛漫。そして娘の持つ力はモノノ怪退治に持って来い。
それなりにやっていると思う。
いや、多分気に入っている。
変わり者同士、というやつだろうか。
取り立てて自分が変わり者とは思わないが、傍から見れば、多分そうなのだろう。
常人には扱えない代物を駆使して、モノノ怪を退治して回っているのだから。
連れの娘の何処が変わり者なのかと言えば、傍から見ればそうでもないのかもしれない。
けれど、目に見えて変わっていると感じるときが、たまにある。
道中であれ、街中であれ、たまに明後日の方向に視線を向けていることがある。
自分もそちらを見ると、木の影や家屋の陰に、決まって居るのだ。
“この世ならざるもの”が。
ほら、今日も…
俺はふと気付く。
さんが森の中に何かを見つけたらしいことを。
モノノ怪の気配は感じられない。
今度は、何でしょうかね。
「あの、薬売りさん?」
「何ですか」
「森の中に…」
「この世ならざるのも、ですか」
「薬売りさんも分かりますか?」
「いえ」
「…」
黙りこんでしまうさん。
モノノ怪ならいざ知らず、他のものへの勘は、それほど良くないもんで。
「何処、ですか」
「…あちらの、木の陰に…」
何故だか、さんは喜々とした顔をしている。
言われた方に目を向ける。
「なんですか、あれは」
不思議な物体。
木の陰に、大きな何かがいる。
二人で其方に向かう。
すると、“何か”は俺達に気付いたのか、林の奥へ向かって逃げようとする。
『あでっっ!!!』
ガツンという鈍い音と共に、“何か”がその場でひっくり返る。
後ろの枝にぶつかったらしい。
何でしょうか、ね。
「大丈夫!?」
さんは慌ててそれに駆け寄っていく。
やれ、やれ。
俺も、行ってみることにする。
近付くと、それがどんなものか分かった。
薄黄の更に薄い色をしたイキモノ。
表面が木目調をしている。
三角なようで、丸く、円い。
下辺の三隅に、棒切れのように細い足が付いている。
が、浮かんでいる。
体長は両手を広げたくらい。
何でしょうね、本当に。
見たこともないそれに、首を傾げざるを得ない。
さんはひっくり返ったそれを、起こしている。
「ねぇ、大丈夫?」
『ごめんよ、ありがとう』
子どものような声をしている。
「あなたは…」
『怪しいもんじゃ、ありません』
俺が言うのもなんですが、十分に、怪しいですよ。
『ボク、きこりん』
「きこりん?」
何故だか、さんの瞳が輝いている。
『森を守っているんだ』
森を、守る?
この、不思議なイキモノが?
「可愛い!!」
言うと同時に、さんがそれに抱きついた。
『おふっ!?』
変な声で驚くそれ。
「可愛くて抱きしめたくなります!」
嬉しそうに、背中(?)まで回るはずのない腕を、いっぱいに伸ばしている。
もう抱きしめているじゃあ、ありませんか。
「あ…ごめんなさい。つい…」
そう言って手を離す。
やれ、やれ。
「それで貴方は、一体?」
『ボクは、森の精なんだ』
さんが、首を傾げてこちらを見てくる。
俺に聞かれても、精霊の類は、専門外ですよ。
俺も、首を傾げ返す。
『ボクはずっと森を見守り続けているんだ』
「森の神様なの?」
『そんな大層なものじゃないよ。森の木々や、森に住む生き物を見守っているだけ』
不思議なものも、居たもんだ。
これは本当にアヤカシでもなければ、神仏でもない、木々に宿るもの、といったところか。
「そうなんだ」
そう言って、さんはその“きこりん”の頬らしきところを撫でる。
ちょっと馴れ馴れしすぎは、しませんか。
「ここで、何をしてるの?」
『この緑豊かな山々が、これからもこうあり続けるように祈っていたのさ』
「そうなの」
さんは、愛しむような目で見ている。
それの何処が…
『でも、僕の事が見える人が居るなんて思いもしなかったよ』
「普通は見えないの?」
『動物たちには見えるけど、今まで人に気付かれた事はないよ』
「どうしてでしょうか…」
また首を傾げてこちらを見る。
だから、俺に聞かれても知りませんよ。
『きっと、君たちが人とは違うものを持っているからかもしれないね』
「…」
さんと俺は顔を見合わせる。
何故、分かるんで。
『君たちに、謝っておかなきゃいけない…』
「え? どうして貴方が?」
『君たちの仕事を増やしてしまうかもしれないからね』
「一体、どういうことで」
『これから先、人が生きていくにはもっと土地が必要になる。だから、森が段々減っていくと思うんだ。森が小さくなれば、森を拠り所にしていたものが、外に溢れ出してしまう』
「森を拠り所にしているもの?」
「生きているものや、そうでないもののこと、ですかね」
それは、身体を前傾にして頷く仕草をした。
森は、深ければ深いほど、行き場のないものが集まる場所となる。
動物も然り。アヤカシの類も然り。
森が小さくなれば、そこにいたものが人里に降りていく事になる。
強い想いを残した“それ”は、俺達が対峙してきたものに、容易になり得る。
『出来る限り、僕が森を守っていくけど…でも…』
「その時は、私達に任せて。ね、薬売りさん」
強い眼差しで俺に同意を求めてくる。
そんな約束は、したくないんですがね。
俺は、俺のやり方で今までやってきたもんで。
けれど…
「やれ、やれ…」
確実に、溜め息が混じった。
モノノ怪がいるのなら、斬る。
それが、俺のやり方、ですからね。
『ありがとう』
不思議な形の瞳を輝かせて、それは呟いた。
そうしてひとしきりさんと戯れた後、深々と前傾して森の奥に消えていった。
「とっても可愛かったですね」
満面の笑みを浮かべて、俺の前を歩くさん。
可愛かったかどうかはさておき、あんなものが居るとは、思いもしませんでしたよ。
貴女は、本当に変わった人だ。
あんなもの、貴女がいなければ気付きもしなかった。
「きこりんのためにも頑張りましょうね、薬売りさん」
無意識に、口角が上がる。
貴女って人は、本当に…
-END-
大分前から書いていて、最近になって漸く纏ったものです。
難産でした、えぇとても。
きこりん、好きです。可愛くて。
でも得体が知れない分書くのも難しくて
こんな感じになってしまいました。
偽者で曲者です。
本物は多分“見守る”以外にも何かしてるはず…
2010/5/2