天気雨の夜

黒髪切り〜幕引き〜






 背中がじんじんと痛い。
 吹き飛ばされ、壁に打ち付けたときのもの。
 鏡で見たいけれど、何せ薬売りと同室。
 は、小さな手鏡を風呂場へ持って行こうと立ち上がる。
 これで背中が見えるかは分からないけれど。



 今回は結構な目に遭った。

 髪を切られて、腕にも怪我をした。
 その上背中まで打ち付けた。



さん」

 呼び止められて、振り返る。
 行李を整理する手を止めて、を見る薬売り。

「お風呂、いただいてきますね」

 何もないというように笑ってみせる。
 けれど薬売りは、立ち上がっての元へとやってきた。

 薬売りの手が伸びる。

「あの…」

 薬売りがをやんわりと抱え込む。
「く、薬売りさん!?」
 間近の薬売りの胸。
 は狼狽える。

「痛っ」

 不意に走った背中の痛みに、声を上げてしまった。
 薬売りの手が、背中に触れたのだ。
「やはり、痛みますか」
「い、いえ、それほどでも…」
 結界があったから、襲われたときの衝撃も、壁に打ちつけたときの衝撃も、実際のものより軽かったはずだ。
 それでも、の華奢な身体には堪えたはずだ。
 薬売りは、の背中を優しく擦る。
「風呂から戻ったら、薬を塗らせてくれませんか。打ち身の薬では、ないんですがね」
「なっ」
 何を言っているのか、一瞬分からなかった。
 薬売りに薬を塗ってもらう。
 それはつまり、背中を見せるということ。
「だ、大丈夫です! 自分で塗れます!!」
 素早く薬売りの手から逃れて、は戸に向かう。
 無表情の薬売り。
 けれど、心配してくれているのは分かった。
「私、怪我してもすぐ治るんです。昔から。本当ですよ」
 ははは、と笑いながら、は戸を引きかけた。


「あ」


 は思い出したように、声を上げた。
「あの、薬売りさん?」
「何ですか」
「平助さんが言ってたんですけど」
「何を」
「私の髪に触れなくて残念だって」
「…」
「どうして触れなかったのか分かりますか?」

 の問いに、薬売りは黙り込んだ。

「薬売りさん?」

 呼びかけても、何も答えない。
 その代わり、口角を上げていつもの怪しげな微笑を浮かべた。

「??」

 首を傾げるを他所に、薬売りは満足そうに言った。

「“魔除け”のせい、ですよ」

 何のことか。
 は再び首を傾げた。

 いつも持っている札の事だろうか。
 それともこの前貰った紅。
 けれど今回紅は挿していない。

「よく、分からないんですけど…」

 薬売りは“そうだろう”と言わんばかりの顔をしている。

「でも、それってやっぱり薬売りさんが守ってくれたってことですよね」

 実際そうなのだけれど、の言葉に薬売りは僅かに驚く。

「だって私、薬売りさんから貰ったもの以外で、魔除けになるようなもの持ってないですから」

 そう笑って、は身を翻した。




 揺れた髪には、真新しい髪紐―。


















-END-









これにて黒髪切り完結です。

2011/3/6