「いつも好き放題やらせてもらっている、お礼、ですよ」
がかりんとうを食べようとした瞬間、薬売りがそう言った。
「聞いて…たんですか…?」
「さぁて」
はしばし固まって、頭の中で記憶を巻き戻し、再生した。
“そこまでするほど、あの男がいいのか”
“あの男の趣味は悪くないが、お主の趣味は、わしには分からん”
“薬売りさんだって優しいですっ”
“大丈夫。薬売りさんはちゃんと私を守ってくれてるから”
繻雫との会話の中で、薬売りに関して様々言ってしまった。
特ににしてみれば、本人を前にして言えるようなことではない。
薬売りがいないからこそ、言えるものだ。
他人にとって見れば、惚気以外の何ものでもない。
一体何処から何処まで聞かれていたのか。
はゆっくり薬売りの顔を伺った。
口角を上げたままの薬売りが、を見つめ続けている。
「そんなに俺は、好き放題、ですかね」
「そ、そんなことないです」
「俺は貴女に、ちゃんと、優しい、ですか」
「もちろんですっ」
前のめりになりながら、は力強く答えた。
薬売りは僅かに驚く。
けれど、真剣なの顔が嬉しい。
そうして、目を細める。
は、そんな薬売りの表情の変化に気付いて、不思議そうな顔になる。
「やはり、お礼をしなけりゃあ」
そう言って、薬売りはの手からかりんとうを奪った。
それをの口に持っていき、唇に当てる。
「あの…!?」
には、何が何だか分からない。
「口を、開けてください」
食べさせてくれるということだろうか。
は頬が熱くなるのを感じながら、言われるがままにした。
すると、かりんとうの端の方だけを口の中へ入れた。
「そのまま、咥えていて、ください」
「はひ??」
目を丸くしたに、薬売りは悪戯っぽく笑った。
そうして、反対側の端を、薬売りが口に含んだ。
「!?」
薬売りの顔が目の前にある状況に、は焦った。
かりんとうは、二寸もないのだ。
こんなに近くで、薬売りの顔を見たことはない。
というか、互いの唇が間近だ。
がかりんとうを放そうとすると、薬売りがの身体を捕えて阻まれた。
「んんっ」
どうしようもない恥ずかしさがを襲う。
抵抗しようと、薬売りの着物を掴む。
けれど、何の効果もない。
やがて、カリ、と音がしたかと思うと、薬売りの顔が僅かに離れた。
薬売りがかりんとうの端を食べたのだ。
薬売りの顔が離れたことで、は若干安堵した。
薬売りの言う“礼”が済んだと思い、はかりんとうを手に取ろうとする。
けれど、途端に薬売りに制されてしまった。
薬売りと、視線が合う。
ゆっくりと、薬売りが顔を寄せてくる。
もう、逃げられない。
はそう思って瞳を閉じた。
薬売りは、かりんとうごとの唇を食んだ。
やっぱり好き放題されている。
唇を弄ばれながら、頭の片隅ではそう思った。
END
2013/8/4