続・幕間第六十巻





〜薬売りの悪戯〜







「いつも好き放題やらせてもらっている、お礼、ですよ」


 がかりんとうを食べようとした瞬間、薬売りがそう言った。


「聞いて…たんですか…?」

「さぁて」



 はしばし固まって、頭の中で記憶を巻き戻し、再生した。

“そこまでするほど、あの男がいいのか”
“あの男の趣味は悪くないが、お主の趣味は、わしには分からん”


“薬売りさんだって優しいですっ”
“大丈夫。薬売りさんはちゃんと私を守ってくれてるから”


 繻雫との会話の中で、薬売りに関して様々言ってしまった。
 特ににしてみれば、本人を前にして言えるようなことではない。

 薬売りがいないからこそ、言えるものだ。
 他人にとって見れば、惚気以外の何ものでもない。


 一体何処から何処まで聞かれていたのか。
 はゆっくり薬売りの顔を伺った。


 口角を上げたままの薬売りが、を見つめ続けている。

「そんなに俺は、好き放題、ですかね」
「そ、そんなことないです」

「俺は貴女に、ちゃんと、優しい、ですか」
「もちろんですっ」


 前のめりになりながら、は力強く答えた。
 薬売りは僅かに驚く。

 けれど、真剣なの顔が嬉しい。
 そうして、目を細める。

 は、そんな薬売りの表情の変化に気付いて、不思議そうな顔になる。


「やはり、お礼をしなけりゃあ」


 そう言って、薬売りはの手からかりんとうを奪った。
 それをの口に持っていき、唇に当てる。

「あの…!?」

 には、何が何だか分からない。

「口を、開けてください」

 食べさせてくれるということだろうか。
 は頬が熱くなるのを感じながら、言われるがままにした。

 すると、かりんとうの端の方だけを口の中へ入れた。

「そのまま、咥えていて、ください」

「はひ??」

 目を丸くしたに、薬売りは悪戯っぽく笑った。



 そうして、反対側の端を、薬売りが口に含んだ。


「!?」


 薬売りの顔が目の前にある状況に、は焦った。

 かりんとうは、二寸もないのだ。

 こんなに近くで、薬売りの顔を見たことはない。

 というか、互いの唇が間近だ。

 がかりんとうを放そうとすると、薬売りがの身体を捕えて阻まれた。

「んんっ」

 どうしようもない恥ずかしさがを襲う。
 抵抗しようと、薬売りの着物を掴む。
 けれど、何の効果もない。

 やがて、カリ、と音がしたかと思うと、薬売りの顔が僅かに離れた。
 薬売りがかりんとうの端を食べたのだ。

 薬売りの顔が離れたことで、は若干安堵した。

 薬売りの言う“礼”が済んだと思い、はかりんとうを手に取ろうとする。
 けれど、途端に薬売りに制されてしまった。



 薬売りと、視線が合う。



 ゆっくりと、薬売りが顔を寄せてくる。



 もう、逃げられない。



 はそう思って瞳を閉じた。







 薬売りは、かりんとうごとの唇を食んだ。











 やっぱり好き放題されている。








 唇を弄ばれながら、頭の片隅ではそう思った。














END












2013/8/4