幕間第十一巻
〜温泉宿・参〜










「それで、貴女の機嫌が悪いのは、何故です」


「私の機嫌…ですか?」









 いきなり話題を変えられて、うまく対応出来ない。
「最近、俺を避けてはいませんか。特に宿で」
 気付いていましたか。
「そんなことありません、普通です」
 シラは切ってみます。
「俺と、話をしては、くれないんですか」
 え。
「…だって、それは」
 しまった。
「それは?」
「いいんです、それは自己解決しましたから」
「…ほぅ…」
「面白がらないでください」
 他人には興味がないようで、意外と見てるから吃驚する。
 話せとばかりに視線は来るし、そういえば左手はまだ掴まれたままだ。
「髪を、拭かせてくれませんか?」
「これは、すみませんね」
 薬売りさんは漸く手を放して、落ちたままの手拭を拾ってくれた。
 私は何も言わずに、黙々と髪を拭く。
 薬売りさんは一向に私を見たまま。


「そんなに見ても、教えませんから…」
「俺には、言えないことですか」
 言えないっていうか、薬売りさんの所為ですから。
「俺としては、同じ部屋に居るのだから、さんの話を聞きたいと、思っていたのですがね」
 残念、残念、と言って、私の傍から離れていく。
「…」
 私の、話を…。
 でも、いくら私が話しかけても、適当な相槌しか返してくれないじゃないですか。
 “そうですか”とか“良かったですね”とか。そのくらい。


「あ…」


 思わず声に出していた。



“俺は、薬を買い求める客以外への愛想は、持ち合わせちゃあいませんから”
“モノノ怪関連でも、多少”


 そういう人だった。
 私は薬を買いたい訳でもない。
 かといって、いつでもモノノ怪の声が聞こえるわけでもない。
 だから、世間話に相槌を打ってもらえることって、実は凄いこと?


 何だかちょっと、嬉しくなった。


 鏡を見るふりをして、横目で薬売りさんを見る。
 立ったまま窓から外を見ている。
 月でも眺めているのかもしれない。
 私はそっと立ち上がって、薬売りさんの後ろまで行く。
 まだ何も言っていないのに、薬売りさんはゆっくり振り返ってくれた。
 私はツンと鼻先を上げて、薬売りさんの横に並ぶ。


「薬売りさんが話したいというなら、話してあげてもいいですけど?」
「決まっているじゃ、ないですか」


 何それ。
 それじゃ私が勝手に悩んでたみたいじゃない。
 いや、実際そうなんだけど。
 どうせだったら薬売りさんも“一緒に来いとか言うんじゃなかった”とか後悔していればよかったのに、…なんて…。














 窓の外を見たまま、私は小さく聞いてみる。





「邪魔じゃ、ないですか?」





「邪魔じゃ、ないですよ…」





 その瞬間、泣きたくなった。
 でも癪だから堪えた。
 じっと外を睨むように見つめる。
 月なんて、何処にも見えないじゃない。
 真っ暗で何も見えないし。


「何を考えていたのか、俺には分かりませんがね…」


 いやいや、それは違いますよね。
  絶対分かってましたよね。
 全てにおいて確信犯ですよね。
 横目で薬売りさんを見ると、また外を眺めている。
 だから、真っ暗で何も見えないじゃないですか。




 薬売りさんの口角が上がったのが分かった。












「俺から言い寄ったのは、貴女が初めてですよ」


 そう言って、こっちを向いてふっと笑った。


「な…!?」


 動揺する私を残して、薬売りさんは窓際を離れる。


「変な言い方しないでください!!」


 言い寄ったって!
 旅に誘ったってだけでしょう!
 しかも、モノノ怪退治の旅!!


 私はそのまま窓際で、ワシャワシャと乱暴に髪を拭いた。
 薬売りさんはそんな私を楽しそうに眺めていたらしい。
 性質悪っ!!













-END-









もう何が何だか。

最初はヒロインに薬売りさんがどれくらい妖艶か語ってほしかったんですが
変な方向に行き。

じゃあ今度は薬売りさんに
どことなくヒロインを好きっぽい雰囲気を醸し出してほしくなって。


でもそれじゃ、話が纏らなくなって、しかも途中から
「俺から言い寄ったのは…」っていうのを言わせたくなって、こうなった感じ。
2010/2/7