幕間第十二巻
〜気になるんです〜









 目の周りに赤く隈取を入れるとき、薬売りさんは、耳に前髪を掛ける。




 その時に、少しだけ大変そうなのが分かった。
 普通の人よりも長い耳のせいで、かなり大回りに髪を持った手を動かしている。
 引っかかりは良さそうだけど、掛けるのは大変そうだ。


 一緒の部屋になってから、どうにも気になってしまって仕方ない。
 普段はあまり気にしないけど、その、耳に髪を掛けるのを見てしまうと、どうにも…。



「そんなに、珍しいもんですか」


 突然、薬売りさんが口を開いた。
 視線が気になるほど、薬売りさんを凝視してたらしい。

「え、珍しいって?」
「隈取を入れるところ、ですよ」

 まぁ、普通は入れないけど。
 でも、もう見慣れてるし、珍しくて見てたわけじゃない。

「いえ、珍しくて見てるわけじゃないんです」
「では、何故」
「えっと…」
「やはり、耳、ですか」
「はいっ!?」
 何!? “やはり”って、耳が気になってること、気付いてた!?
「い、いえ…えっと、耳に髪を掛けても落ちてくることがなさそうで、いいなぁって…」
 我ながらなんて苦しい…。
「そりゃあそう、ですがね」
 ふう、と溜め息を吐く薬売りさん。
 会話の間も、目の周りに朱を入れていく。
「余り長すぎるのも、考え物、ですよ」
「そうですか? 私はいつも…!」
 おっとっと。
“いつもその耳に触ってみたいと思ってるんです”とか言いそうになってしまった。
「いつも、何ですか」
「いつも…か、髪が多いから耳に掛けてもすぐに落ちてきて大変なんですよ」
 また見事に早口で言い切ってみた。
 そして笑ってみる。
「そう、ですか」
「そうです、そうです」
「交換できると、いいんですがね…」
「交換ですか?」

 そ、そんなこと…
 出来ないと分かっていても…
 是非お願いしたいです!!!

さん…?」
「え、あ…すいません」
 ちょっと意識が飛んでました。
「交換できれば、分かりますよ」
「何がですか?」
 完成したいつもの顔が、鏡からこっちに向けられる。
「こんなに長いと、冬は凍るほど寒くて、夏は焼けるように暑いってことですよ。耳の先がね」
「あ…そうですよね」
 考えてみれば、耳は一番露出してるところなのに、一番肌というか皮というか、とりあえず弱い気がする。
 寒い日は耳が真っ赤になる。
  暑い日も、逆の意味で真っ赤になる。
 長ければ、その先端は尚更。
「すみません、考えなしに…」
「いいんですよ」
 そう言って薬売りさんは立ち上がる。
 あぁ、もう出発の刻限だ。
 私も急いで荷物を掴む。
 部屋を出て行こうとする薬売りさんの後に続くと、不意に薬売りさんは立ち止まった。
「どうしたんですか? 忘れ物ですか?」
「いえ」
 薬売りさんはじっと私を見る。
 ちょっと、困るんですけど。
「あ、あの?」
「いい事を、思いついたもんで」
「いいこと?」
「交換しなくても、いい方法ですよ」
「はぁ…」
 ポカンと口を明ける私を置いて、薬売りさんは部屋を出て行った。
「え、あの…教えてくれないんですか?」
「もう少し、暑くなったら、教えますよ」
 振り返りもしないで言う。
 何か企んでいそうで恐い。
「何ですか、それ…」
 それだけしか言い返せなかった。














-END-





2010/2/14

ってバレンタインか…