目の周りに赤く隈取を入れるとき、薬売りさんは、耳に前髪を掛ける。
その時に、少しだけ大変そうなのが分かった。
普通の人よりも長い耳のせいで、かなり大回りに髪を持った手を動かしている。
引っかかりは良さそうだけど、掛けるのは大変そうだ。
一緒の部屋になってから、どうにも気になってしまって仕方ない。
普段はあまり気にしないけど、その、耳に髪を掛けるのを見てしまうと、どうにも…。
「そんなに、珍しいもんですか」
突然、薬売りさんが口を開いた。
視線が気になるほど、薬売りさんを凝視してたらしい。
「え、珍しいって?」
「隈取を入れるところ、ですよ」
まぁ、普通は入れないけど。
でも、もう見慣れてるし、珍しくて見てたわけじゃない。
「いえ、珍しくて見てるわけじゃないんです」
「では、何故」
「えっと…」
「やはり、耳、ですか」
「はいっ!?」
何!? “やはり”って、耳が気になってること、気付いてた!?
「い、いえ…えっと、耳に髪を掛けても落ちてくることがなさそうで、いいなぁって…」
我ながらなんて苦しい…。
「そりゃあそう、ですがね」
ふう、と溜め息を吐く薬売りさん。
会話の間も、目の周りに朱を入れていく。
「余り長すぎるのも、考え物、ですよ」
「そうですか? 私はいつも…!」
おっとっと。
“いつもその耳に触ってみたいと思ってるんです”とか言いそうになってしまった。
「いつも、何ですか」
「いつも…か、髪が多いから耳に掛けてもすぐに落ちてきて大変なんですよ」
また見事に早口で言い切ってみた。
そして笑ってみる。
「そう、ですか」
「そうです、そうです」
「交換できると、いいんですがね…」
「交換ですか?」
そ、そんなこと…
出来ないと分かっていても…
是非お願いしたいです!!!
「さん…?」
「え、あ…すいません」
ちょっと意識が飛んでました。
「交換できれば、分かりますよ」
「何がですか?」
完成したいつもの顔が、鏡からこっちに向けられる。
「こんなに長いと、冬は凍るほど寒くて、夏は焼けるように暑いってことですよ。耳の先がね」
「あ…そうですよね」
考えてみれば、耳は一番露出してるところなのに、一番肌というか皮というか、とりあえず弱い気がする。
寒い日は耳が真っ赤になる。
暑い日も、逆の意味で真っ赤になる。
長ければ、その先端は尚更。
「すみません、考えなしに…」
「いいんですよ」
そう言って薬売りさんは立ち上がる。
あぁ、もう出発の刻限だ。
私も急いで荷物を掴む。
部屋を出て行こうとする薬売りさんの後に続くと、不意に薬売りさんは立ち止まった。
「どうしたんですか? 忘れ物ですか?」
「いえ」
薬売りさんはじっと私を見る。
ちょっと、困るんですけど。
「あ、あの?」
「いい事を、思いついたもんで」
「いいこと?」
「交換しなくても、いい方法ですよ」
「はぁ…」
ポカンと口を明ける私を置いて、薬売りさんは部屋を出て行った。
「え、あの…教えてくれないんですか?」
「もう少し、暑くなったら、教えますよ」
振り返りもしないで言う。
何か企んでいそうで恐い。
「何ですか、それ…」
それだけしか言い返せなかった。
-END-
2010/2/14
ってバレンタインか…