“本人に聞くのが一番よ”
と言われたものの、宿に帰っても聞ける気はしなかった。
薬売りさんは今、お風呂に行っている。
私はいつもその間に二人分の床を延べて、その間に衝立を立てておく。
薬売りさんが出していった天秤さんたちが、くるくると遊ぶように部屋の中を行ったり来たりしている。
私は、自分の分の布団の上に座り込んで、薬売りさんがくれた紅を見つめていた。
掌に収まる小さな器。
普通、紅はお猪口の中に塗られているけれど、これは貝のように小さい器の中に塗られている。
「魔除け…だよね」
使った跡が、一箇所だけある。
魔除けだといって、薬売りさんが塗ってくれたときのもの。
「魔除け…」
「うん、魔除け…」
「魔除けが、どうかしたんで?」
「―っ!!!??」
突然の薬売りさんの声に、持っていた紅を取り落としそうになる。
慌ててしっかりと掴んで、薬売りさんからは見えないようにする。
「は、早かったですね…」
苦し紛れ。
「そう、ですか」
ていうか、いつの間に部屋に入ったんですか。
「その紅が、どうかしたんで?」
見えていましたか、紅だと。
「いえ」
「挿しては、くれないんですか」
「勿体無くて、使えません」
こんな高価なもの、私じゃ一生かかっても買えるかどうか。
だから使えるわけがないじゃない。
「俺が挿してくれと言っても、ですか」
「だ、だって、今はモノノ怪なんて…」
「居ても居なくても、挿してもらいたいんですがね」
少し怒った風に言って、薬売りさんは衝立の向こうにしゃがみ込んだ。
何だか、緊張する。
呼吸するのに、胸が震える。
「どうして、ですか」
無意識に、口が開いていた。
「何が、ですか」
衝立の向こうから声が返ってくる。
「どうして私に、紅をくれたんですか」
沈黙が続く。
何を考えているんだろう。
私は。
薬売りさんは。
こんなことを聞いて、何になるの。
「貴女のことを…」
薬売りさんは、静かに言った。
「守りたいんですよ」
それは、モノノ怪から、ですよね。
そういうことですよね。
深い意味なんて、ないってことですよね。
それで、いいんですよね。
私は深く息を吐いた。
「薬売りさんって心配性なんですね。紅がなくても、いつも薬売りさんは守ってくれるじゃないですか」
本当に優しい人だから。
「何も、モノノ怪に限ったことでは、ないんですがね」
「…え…?」
薬売りさんはクツリと笑って、それから黙ってしまった。
どういう意図でくれたのか、結局分からずじまい。
だけど、私を守ってくれる。
その証だということだけは、良く分かった。
モノノ怪に限った事ではないっていうのが、ちょっと分からなかったけど。
でも…
手の中の紅に視線を落とす。
薬売りさんから、紅を貰いました。
桜色の珍しい紅です。
-END-
中途半端な終り方ですいません…
もう色々限界です。
先週更新できなかったので
今回はまとめて。
2010/2/28