店仕舞いをしていると、声を掛けられた。
見れば赤い着物の娘。
「もしかして、貴方が薬売りさん?」
「おそらくは」
「本当にお綺麗なんですね〜」
快活な喋り方をする。
「何か、ご入用が?」
「あ、いえ。私、ちゃんを雇ってる店の娘なんですけど」
さん。
そういえば菓子司で働き口を見つけたと言っていた。
「この際だから、聞いてもいいですか?」
「何を、ですか」
「ちゃんに紅をあげた理由です」
「何故貴女に…」
「ちゃん、絶対聞けなそうだもの。知ってると思いますけど、男の人が紅を贈るのは意中の人って相場は決まってるんですよ?」
それくらいのことは、俺も知っている。
さんは知らないようだったが。
けれど、何も言わずに差し出した。
「あぁ…それで」
昨日、あれ程紅を気にしていた。
この娘に、聞いたのか。
「やれ、やれ」
呟くと、娘が小さく咳払いをした。
「ちゃんには、そのつもりであげたんですか?」
「あれは、魔除けですよ」
「本気で言ってるんですか?」
どうやら、怒らせてしまったようだ。
けれど、他の意味などない。
「魔除け、ですよ。色々な意味での、ね」
俺の言葉に、娘は目を丸くする。
「色々な意味って…」
「色々、ですよ」
俺は、そう言ってから行李を背負った。
「用が済んだなら、俺は、これで」
「え、あ…その、ありがとう、答えてくれて」
どうやら、今の答えで納得したようだ。
桜色の紅。
もちろん魔除け。
けれど、それだけではない。
化粧道具を扱う店で、この紅はこの色になると示していたところを通りかかった。
客も多く店は盛況。
赤いものが多い中で、あの桜色が目に付いた。
似合うだろうと、思った。
店先で試し塗りをする女も居たが、そこに居た誰よりも似合うと思った。
さんに。
そう思って買ったはいいが、差し出すきっかけがなかった。
突然紅を貰っても、変に思うだろう。
だから、あの時、魔除けだと言った。
嘘ではない。
確かに僅かではあるが、魔除けとなる。
モノノ怪にも、ほかの邪なものにも。
「薬売りさん!」
宿の近くまで来たとき、聞きなれた声で呼び止められた。
「さん」
「今日はもう終わりですか?」
「はい」
近付いてきたさんの口元が気になった。
「私も早くあがっていいって言われたんです」
嬉しそうに口角が上がる。
その唇に、淡く色が付いている。
「さん」
「…は、はい」
「付けてくれたんですね」
さんは、俺から顔を逸らす。
「薬売りさんが付けろって言ったんじゃないですか」
「命令など、してはいませんよ」
「でも、付けて欲しかったんですよね」
「否定は、しませんがね」
お互いに素直じゃあない。
さんが、こちらをちらりと見る。
我ながら…いい趣味をしている。
「良い、色だ」
「うわ、自画自賛ですか!? 自分の選んだ紅、褒めてますね!?」
折角の口元を歪めている。
“貴女に合っている”と言ったつもりだが。
その辺の機微は分からない人でしたね。
「でも、これを付けてると、薬売りさんに守ってもらってるみたいで、安心します」
そのくせ、そういうことは、いとも簡単に言ってのける人だ。
だから、困る。
他の誰かに、そんなことを言ってはいやしないかと。
「でも、やっぱり勿体無いから、付けるのはたまにです」
微笑む顔がいつもより大人びて見える。
それは、きっと、俺の仕業…。
-END-
薬売りさんが変ですね。
合掌…
本当は第十三巻・参の方がよかったかもしれないんですが
視点が変わったので別で。
次は退治話になります。…多分。
2010/3/7