気付いてしまいました。
薬売りさんと旅が出来なくなると思ったときの、苦しさと。
薬売りさんが傍にいるときの、温かさと。
薬売りさんの傍に居たいと思う、気持ち。
その正体が…。
ポツリと、頭に何かが落ちてきた。
見上げれば、黒い雲。
雨が、降り始めた。
「どうしよう…」
今回の仕事場は、宿から少し距離があって、まだ宿に着くまで随分掛かる。
雨脚はどんどん強くなっていく。
これじゃあ、着く頃にはずぶ濡れになってしまう。
足早に掛けていく人、傘を広げる人。
その中で私は一人、いつもと変わらない歩調で歩いた。
濡れるなら、とことん濡れてやる。
これで少しは、冷静になれると思う。
気持ちの正体に気付いたのは、天秤さんと話したときだった。
薬売りさんは、私にとって大切な人。尊敬できる人。傍に居たいって思う人。
それは結局、“好き”っていうこと。
何となく、分かった。
でも、長く旅を続けるためには、それは仕舞って置くべき気持ち。
だって薬売りさんは、言い寄ってくる女の人にうんざりしてるんだから。
だから私に、恋人のふりをしないかって言ってきた。
その相手が、自分の事を好きだなんて、絶対想定外だもの。
今までみたいに旅を続けるためには、今まで通り振舞うしかない。
それで傍に居られるなら、私はそれでいい。
それがいい。
大分、髪も着物も重くなってきた。
そろそろ絞れるかもしれない。
宿まではまだ遠い。
この通りを突き当りまで行って、そこを左に曲がって、また暫く歩いて、右に曲がって小さな通りに出たら、神社の周りをぐるりと…。
「何でこんな遠いところにしたんだろう…」
一度、一人になりたかったから。
気持ちを整理したかったから。
「もう出来たから、早く着いてよ…」
独り言だけど、雨のお陰で誰にも聞こえていない。
前髪から、雫が落ち始めた。
突き当りまで来て左に曲がると、見た事のある傘がこっちに向かって歩いてくるのに気が付いた。
思わず、立ち止まってしまう。
傘に隠れて顔は見えないけれど、あの着物は間違いなく薬売りさんだ。
どうしてこんな雨の中、こんなところに居るんだろう。
暫く見ていると、傘の角度が変わって、薬売りさんの顔が見えた。
目が、合う。
薬売りさんは私を見たまま近付いてきた。
半歩ほどの距離で立ち止まって、差している傘を自分と私のちょうど中間になるように腕を伸ばした。
「ここに、居たんで」
「…仕事の帰りです」
なるべく、いつもと同じように。
「傘も、差さずに」
「雨が降るなんて思ってなかったので」
そう思えば思うほど。
「少しは、急いでもよくはないですか」
「濡れるのもいいかと」
いつもとは違っているような気がする。
薬売りさんは、軽く溜め息をついた。
「こんなに、ですか」
重くなった私の袖を、摘み上げる。
「絞れます」
私の言葉に、薬売りさんは微かに笑った。
「宿に、戻りますよ」
そう言って、薬売りさんは、私の横に並ぶ。
一つ、分からないことがある。
「薬売りさんは、どうしてここに?」
私の言葉に、薬売りさんは微かに目を丸くした。
「迎えに、来たんですがね」
「…わたしを?」
「他に誰がいるんで?」
その何度も聞いた答えで、肩の力が抜けた。
嬉しくて、それまで強張っていた顔も緩んでしまった。
「…ありがとうございます」
もう随分濡れているから、あまり意味は無いように思うけど。
それでも薬売りさんが迎えに来てくれるなんて、思ってなかったから。
少しだけ、肩と肩の距離を、詰めてみた。
「でも、どうして一本だけなんですか?」
もう一つ持ってきたほうが、濡れなくて済むのに。薬売りさんの向こうの肩が。
私の言葉に、薬売りさんは口角を上げた。
「相傘も、乙かと思ったもんで」
ぶっ。意味分かって言ってますか?
人の気も知らないで。そんなことを平気で言えるんだ、この人は。
そんな気なんて更々ないくせに。
だから私も、そんな冗談に安心して付き合ってしまうんだ。
きっと私たちは今のまま、変わらないから。
「じゃあ、女の肩は濡らさないように気をつけてくださいね」
「もう、濡れているじゃあ、ありませんか」
「そう言うなら、傘なんて要りません」
傘から出ようとすると、腕を掴まれた。
揺らいだ傘から、雫が流れ落ちる。
「これ以上、濡らさないよう、気をつけますよ」
ほんの少しだけ、薬売りさんが困ったような顔をしたように見えた。
「そうしてください」
私は、大人しく薬売りさんの隣に戻った。
この雨が止んで
傘を閉じても
私は隣に居てもいいですか…
-END-
というわけで、ヒロインが気付いてしまいました。
今更な感じもしますが、のんびりやってます。
付かず離れず、ですかね?
気が付けば変換がないような…
すみません!
2010/6/6