薬売りが風呂から部屋に戻ると、は珍しくうたた寝をしていた。
いつもなら、は床の準備をして、衝立を立てて、髪をいじるなり次の日の用意なりをしている。
けれども今日は何もせず、部屋の奥に置いてある文台に、両腕を枕にしてうずくまっている。
「…」
薬売りはを気にすることなく、着物を衣紋掛けにかける。
それから床を延べようと襖を開けてみる。
それらの気配にも、はまったく目を覚まさない。
うたた寝ではなく、本当に寝入ってしまったようだ。
「こんな所で寝ていては、風邪を、ひきますよ」
薬売りが声を掛けても起きる気配はない。
余程疲れているのだろうか。
薬売りは羽織でも掛けてやろうと思ったのだが、あの体勢では余計に疲れはしないかと思った。
布団を敷いて、運んでやろう。
思い立って、薬売りは二人分の布団を敷く。
衝立は、運んでから間に立てればいい。
「さん」
すぐ傍で声を掛ける。
けれど、目を覚ますどころか、反応すらしない。
少しばかり、癪だ。
そろりと、髪に触れてみる。
相変わらず艶やかだ。少しだけ弄んでみる。
無意識のうちに口角が上がる。
「…ん…」
が身を捩って姿勢を変える。
それに少しばかり緊張して、じっとしてやり過ごす。
が目を覚ましてはいないことを確認して、薬売りは再び声をかけた。
「布団に、運びますよ」
そう言って、薬売りはうずくまっているの身体を起こして自分の肩に凭れさせる。
文台の位置をずらして、の脚の下側に手を入れる。
そして背中と膝の裏の二点でを持ち上げ、その勢いのまま立ち上がる。
意外にも、それほど力を使うことはなかった。
「…ん…?」
身体が大きく動いたせいか、がぼんやりと目を開けてしまった。
「くすりうり…さん…?」
虚ろな目は薬売りを見上げている。
自分がどんな状況にあるのか、分かっていないらしい。
「風邪を、ひきますよ」
「…はい…」
「それに、疲れも、取れません」
「…はい…」
やけに素直で、調子が狂う。
見ればの目蓋は今にも下りてしまいそうだ。
「布団で、寝てください」
「…は…い…」
布団に下ろそうと体位を下げたとき、はふにゃりと微笑んだ。
薬売りの髪が、の頬に触れていた。
くすぐったかったらしい。
「やれ、やれ」
布団を掛けてやると、は何事も無かったかのように再び寝息を立て始めた。
薬売りはその傍らに珍しく胡坐で座る。
寝顔は幾分、幼く見える。
薬売りは暫くその姿を眺めていたが、ゆっくりと片手をの肩の上について、真上からの顔を見下ろした。
僅かに口角の上がった穏やかな寝顔。
自然と薬売りの表情も和らぐ。
「ゆっくり、休んでください」
空いているもう片方の手で、そっとの髪に触れる。
何度か前髪を梳いた後に、その手が今度は頬に移った。
そっと頬を包んで、その顔を見つめた。
「…」
薬売りの口が、音を出さずに動いた。
俺が、守りますよ。
…
-END-
無防備に眠るヒロインと
ちょっと優しくて切ない感じの薬売りさんが書きたかったのに
見事に撃沈。
フルバの某場面に似てるとか、書いた後に気付きました。
十八巻までの流れを
ばっさりと切ってくれた今回の幕間。
うちの長編は
繋がってるようで
繋がってないような
そんな長編、ですかね。
短編でも良かった?
2010/6/13