幕間第二十一巻
〜気になるんです〜








 蝶が、薬売りさんの耳の辺りを舞っている。


 ヒラヒラと羽ばたく羽根は、薬売りさんの帯の色合いに似ている。


 そんなに君は、耳が気になるの?







「一体、何だと言うんですか…」



 うんざりした声で、薬売りさんが立ち止まる。
 耳の辺りを飛ぶ蝶が気になったみたい。
 動きが止まったことで、その蝶は薬売りさんの耳の先に止まろうとする。
 それを緩慢な動作で払う薬売りさん。


「花に見えるんでしょうか」
 私はその光景を微笑ましく思った。
「笑い事、ですかね」
「そんな、可笑しくて笑ってるわけじゃないですよ」
「どうだか」
 そんなやり取りをしていると、薬売りさんの耳に、ついに蝶がとまった。
「!」
 何故だか、二人とも動きが止まる。
 薬売りさんは、横目で蝶を見ようとしてるけど、多分自分の耳は見えないと思う。
 ゆらゆらと、羽根が動く。
「耳に飾りを付けてるみたいです」
 笑いかけると、薬売りさんは迷惑そうな顔をする。
 そうして払い除けるべく、手を上げる。
 私は咄嗟に両手を伸ばして、その手を止める。
「何故、止めるんで」
「だって綺麗だから。それに、薬売りさんを気に入ってるみたい」
 止まってから、一向に離れる気配がない。
 蝶にまで気に入られるって、どういう体質ですか。
 薬売りさんは一瞬、呆れた顔をした。
「綺麗でも何でも、いつまでも止まられちゃあ、くすぐったくて仕方ないんですがね」
「じゃあ、私が優しく離しますから、手で払ったりしないで下さい」
 口を尖らせて抗議すると、薬売りさんはまた呆れた顔をする。
 私は構わずに手を伸ばす。
「蝶々さん、薬売りさんが離れてほしいって」
 優しく話しかけると、蝶は一度大きく羽根を揺らした。
 
「あ…」

 手が触れる寸前で、蝶は耳を離れた。
 咄嗟に手を引っ込める。
 危うく、薬売りさんの耳に触ってしまうところだった。
「貴女は、嫌われているようで」
「! そんなことないです」
 蝶はヒラヒラと舞い上がって、何処かへ行ってしまった。
 ふらりとやってきて、私が薬売りさんと出会った頃からずっと気になっていた薬売りさんの耳にちゃっかり触れて、ふらりと何処かへ行ってしまう。
 役得もいいところだわ。
「…何を、剥れているんで」
「剥れてなんていません」
「そんなに蝶に、気に入られたかったですか」
「そんなんじゃないです」
「では…」
 では?
 また何か変なことを言おうとしてる。
 最近分かってきた。
 この人はきっと私をからかって楽しんでるんだ。
 しかも、全て分かって。
 きっと私が薬売りさんの耳を気にしてる事だって、当の昔に分かってるんだから。
 分かってて何も言わないで、私をからかって遊んでるんです。
 性質が悪すぎます。




「蝶が俺に触れたことに、嫉妬しているんで」




「しっと…?」




 あぁ、言い得て妙ってこのことですか。
 薬売りさんではなくて、薬売りさんの耳、ですけど。
 嫉妬、そう嫉妬です。
 薬売りさんの耳をプニプニっとしてみたいのは、私の密かな願望です。
 だから薬売りさんの耳に触れた蝶に、嫉妬してるんです。羨ましがってるんです。
 でも悔しいから認めない。

「何言ってるんですか」
 そして反撃してみる。
「私はいつでも薬売りさんに触れますから」
 そう言って、両手で薬売りさんの右手を取って、しっかり握手をしてみた。
「ほら」
 薬売りさんが微かに驚いた顔をしたのを見逃さなかった。
 反撃成功、私の勝ちです。



「…っ」



 勝ったと思ったのに。


 薬売りさんが今まで見たことのない顔をしたから。


 私の負け…。








 一瞬だけだったけど、薬売りさんは柔らかく微笑んだ。



 それは蝶がくれたもの。























-END-














何だか纏ってないですね。
耳ネタは、少しずつ近付いていく二人の距離感を
どうにかして表現できないかと考え出したものなんですが…

果たして、近付いてるのか何なのか…
そしてまた変換が…

がんばれ、自分。


2010/7/11