幕間第二十二巻
〜お手玉〜








 藤色のお手玉が一つ、宙に舞った。


 落ちて来るそれを、再び宙へ。


 それを何度も繰り返す。




「そんなに、そのお手玉が気に入っているんで」
 薬売りは見かねて声を掛けた。
 は、もうずっとそうしてぼんやりとしている。
 藤色のお手玉は、マリが持っていたもの。
 そのお手玉を眺めながら、マリの事を思い出しているのだろうかと思う。

 唐突に、の手が止まった。

「母のことを、思い出してました」
 微笑むは、何処か遠くを見ている。
「お母上、ですか」
「小さい頃、私もよく母とお手玉をしました」
 懐かしむように、お手玉を両手で包み込む。
「亡くなって、三年になります」
 そういえば、いつだったか母親の事を過去形で話していた。
「母、お手玉を作るのも、遊ぶのも上手だったんですよ」




“ほら、もやってみて”
“え〜、出来ないよ”



「右手に二つ、左手に一つ。右手の一つを高く上げて、その隙に両手のお手玉を入れ替えて、落ちて来るお手玉を取るんです」
 は藤色のお手玉を高く投げる。
 孤を描いて、落ちて来る。



“もっと高く上げるのよ”
“そしたら取れないの”



「他にも、三つ四つ使って、くるくるくるくる忙しく腕を動かして」
 もう一つお手玉があるかのように、両手を交互に動かす。
 薬売りは、そんなを見つめている。


「二人で生きていくために、母は働きづめだったけど、ちゃんと私と向き合ってくれました」
 落ちて来たお手玉を、ぎゅっと握りしめる。
「疲れているはずなのに、いつも笑顔で」
 優しい人だった。
さんのことが、大切、だったんでしょうね」
 薬売りの言葉に、ははにかんだ笑顔を見せた。
「そう、ですね。小さい頃に病気をしたらしくて…そのせいか心配性でした」
 今度は困ったような笑顔。
「だから、この力のことは、最後まで言えなかったんですけどね」





 藤色のお手玉が、もう一度宙に舞った。





 の手元に落ちる前に、そのお手玉を薬売りが取ってしまった。
 はぼんやりと、その手を見上げる。
「お母上も知らないことを、俺が知っていても、いいんで」
「いいんです」
 へらりと微笑む。
「きっと母は亡くなったときに私の力を知ったはずですから」
 それはそうかもしれない。
 “この世ならざるもの”の声が聞こえるのだから。
「でも母は、何も言っていませんでした。きっと思い残すことなく逝ったんです」
「そう、ですね」
「それに…」
 は、両手でそっとお手玉を掴む薬売りの右手を包んだ。
「私の力は、他でもない薬売りさんのためにあるようなものだと思いませんか?」
 そっと目を閉じた。
「そう、ですね」
 薬売りは口角を上げて、安堵した。
「だから、薬売りさんが知っていてくれれば、それでいいんです」
 無性に、を抱きしめたくなった。
 けれどそれを堪えて、の手にお手玉を返す。








「お母上と、マリさんの思い出を、大切にしてください」








 居なくなってしまった人に、勝てるはずもなくて…




 の心の中には、母親も、マリも、今までに想いを伝えてきたモノノ怪となった者達も、居続けるのだろう。














「…はい。大切にします」








 は薬売りに微笑みかけると、お手玉を宙に舞い上げた。
 薬売りはそれを目で追うと、あぁ、とあることに気が付いた。
 そうして右手を広げる。



 の手から離れたお手玉は、綺麗な孤を描いて薬売りの手の中に納まった。








 今一緒に居る人を、一番大切にしたいのだと、言えるわけもなくて…














 お手玉に、気持ちを込めた。




















-END-











今更マリちゃん(座敷童子)のお手玉話。


実はお母さんを思い出してしんみりするのがメイン。
少しヒロインのことを書いてみようかと思ったもので。

でも薬売りさんとのことも書きたかったから
こんな纏りのない感じに…無念。


2010/7/18