「さん?」
翌日、町を出ようとしていたに、声が掛けられた。
薬売りの隣を歩いていたは、その声に振り返る。
薬売りも必然的に立ち止まる。
「あ、修次郎さん」
薬売りの鋭い視線が、男に投げかけられた事を、は気付かなかった。
修次郎は一瞬びくりとしたが、構わずにの元に駆け寄った。
「発つのかい?」
「はい」
「残念だな…」
「まだそんなことを言ってるんですか?」
「いや、嫁に来いって話じゃねえんだ」
「?」
「折角だから、色んな話がしたかったなってな、旦那とも」
ニカッと薬売りに向けて笑いかける。
その笑みに、薬売りは僅かに戸惑いを覚える。
この男は、を嫁にしたいと言っていたはずだ。
「…そりゃあ、残念」
どう返したものかと考えた挙句、適当に返事をする。
「本当にな」
何故だかは、二人のやりとりに緊張する。
「さんみたいな人が傍に居てくれることが、どれだけ幸せな事かをとくと言い聞かせたかったんだけどな」
「…そんな大袈裟な…」
「そんなことくらい、ちゃんと分かっていますよ」
口角を上げる薬売りだったが、目は笑ってはいなかった。
「言うじゃねえか」
これなら大丈夫だな、と薬売りに向かって笑った。
「行きますよ、さん」
薬売りは修次郎を一瞥してから踵を返した。
「あ、待ってください」
は修次郎に会釈すると、行李を背負う背中を追った。
「何だよ、全然脈アリじゃねえのか、あれ」
ていうか、寧ろ…そうじゃねえのか。
あれじゃあ、例えさんが承諾してくれても、あいつが許さねえだろうな…。
修次郎は小さくなっていく二人の後姿を見ながら、そう思った。
-END-
短っ。
予想外に短くて自分でも驚いてます。
こんな感じの二人で、
思わせぶりな薬売りさんです。
2010/8/1
もう八月かぁ…