幕間第二十七巻
〜知ってますか?〜






「く、薬売りさん」
「何ですか」


「夏、ですね」
「今更、何を…」



 呆れてます。
 何を言い出すのかと、絶対呆れてます。
 そうです。
 夏です。
 快晴続きなのにじっとりとしていて、蝉が煩い夏です。
 あの時と同じ季節です。




 初めて薬売りさんを知ってから、一年、経ったんです。




 一緒に旅を始めたのは冬の終わりだったけど、一番最初に出会ったのは、夏でした。
 とても良く覚えてます。

 何処かぼんやりとした日だった。
 女の人の声を聞いて、薬売りさんに出会って…。

 こんな風に、一緒に旅をするなんて思ってなかった。


「何が、言いたいんで?」
「…いえ…」


 きっと覚えてるわけはないから…。
 薬売りさんにとっては、数あるモノノ怪退治のうちのひとつをした日に過ぎないから…。


「ほら、夏場は色んなところで怪談話なんかが流行るから」


 言い出せずに、適当な事で誤魔化す。


「その噂話を辿るとモノノ怪に遭えたりとか…」
「そりゃあ便利、ですがね」


 何だか、更に呆れてるような気がします。
 いいえ、絶対呆れてます。


 私はただ、去年の夏のことを、ほんの少しでも覚えていてくれたらって…。


 雲ひとつない空が、いっそ恨めしい。
 半歩下がって、項垂れる。
 日よけの笠が、丸く陰を落としている。
 汗が、こめかみを伝う。








「花嫁と、猫を見送ったのも、こんな日、でしたね…」








 え…







 ハッと顔を上げると、薬売りさんがこちらを見て口角を上げていた。

「蝉が、やけに鳴いていた」

 そう言って、眩しそうに目を細めて天を仰ぐ薬売りさん。
 手を翳して、顔に影を作っている。

「それなのに貴女は…」

「わ、私ですか!?」

「ただひたすらに、手を合わせていた…」

「え…っと、はい」

 それしか出来ないから。

「幻かと、思いましたよ」

「私が…?」

「貴女も、消えてしまうんじゃあ、ないかとね」

 目を細めたまま、私に視線を向けてくる。

「消えるなんて、ある訳ないじゃないですか」

 私は生きた人間ですから。

「そう、ですね」

「どうしてそんなふうに思ったんですか?」

 私の問いに、薬売りさんはきょとんとした顔をした。
 それから少しの間黙り込んでしまった。
 何か、考えている?

「さぁて、何故、でしょうね」

 いつもは本音を隠す人だけれど、今回は本当に分からないみたいだ。

「でも、ありがとうございます」

「何のお礼、ですかね」

「覚えていてくれた事です」

「そう、ですか…」

「そうです」




 本当に、嬉しかったから。
 初めて会ったときのことを、覚えていてくれたこと。


 私を、みつけてくれたこと。















 次の夏も、こんなやりとりがしたい。



 心から、そう願う。
















-END-







そう、二人が出会ったのは化猫の日。
それをちょっと振り返ってみました。
次の更新は、その薬売りさん視点になります。

2010/10/24