幕間第二十九巻
〜刹那・四〜






 小料理屋の一室に、薬売りの姿はあった。
 向かいには、良月が坐している。

「お前も呑めよ」
「あんたと呑んでも、旨くない」
「相変わらず手厳しいな。暫くぶりなんだから遠慮するなよ」
「医者がそんなに、呑んでもいいんですかね」
「呑めるときに呑む。それが俺の信条だからな」
「医者の不養生、てぇ言葉を、知っていますか」
「知らねぇな」

 つらつらと毒を吐きあう。
 三年前ももちろん、こんな会話の連続だった。

さんの様子はどうだ」
「あんたが“問題ない”と言ったんでしょう」
「…そりゃあそうだけどよ」
「なら、大丈夫なんでしょう」
「おいおい。もっとちゃんと…って、もしかして本当に違うのか?」
「何が、ですか」
「夫婦じゃあねぇのかって」
 薬売りは溜め息をつく。
「初めから誰も、そんなこと、言っちゃあいませんよ」
 面倒事に巻き込まれぬよう、そんなフリをする。
 そう思うものには思わせておく。
 ただ、それだけの話だ。
 良月は、薬売りの言葉を聞いて、眉根を寄せた。

さんが否定しようとした理由が、分かった気がするぜ」

 今度は薬売りが眉を寄せる。
 手にしていた杯を、静かに膳に戻す。

「どういう、ことで」









「お前が、さんをどう思ってるかってことだよ」









 良く考えてみろ、と顎で薬売りを指す。



 薬売りは、ゆっくりと瞬きをすると同時に、口角を上げた。


「考えずとも、分かっていますよ」


 その静かな答えに、良月はまた驚いた顔をした。



「ちっとも変わらねぇと思ってたんだがな…」
「変わっちゃあ、いませんよ。何も、ね」


 ただ傍に、がいるということを除いては。



 薬売りは徳利を傾けて酒を注ぐ。



「なぁ、薬売り」
「何ですか」
「俺とお前は、すぐにまた別れる。今日、明日にもな」
「そう、ですね」
「俺らが同じ時を過ごすなんざ、人の一生からみたらほんの刹那だぁな」
「そう、ですね」
「特にお前みてぇな生き方をしてると、人と出会って別れるなんてことはざらだ」
「そう、ですね」
「けどな、俺はそれ以外の存在があるって信じてるよ」

 薬売りは良月の言葉を聞きながら、杯を揺らして中の酒を弄ぶ。




「何のことを言っているのかは知りませんがね…」



 どちらともない所に視線を向けて呟く薬売り。
 良月はじっと薬売りを見て、その言葉の先を待った。



「分かっていると、言っているじゃあ、ありませんか」



 薬売りは、良月が見た事もないほど、穏やかな顔をしていた。














-END-




2010/11/14