小料理屋の一室に、薬売りの姿はあった。
向かいには、良月が坐している。
「お前も呑めよ」
「あんたと呑んでも、旨くない」
「相変わらず手厳しいな。暫くぶりなんだから遠慮するなよ」
「医者がそんなに、呑んでもいいんですかね」
「呑めるときに呑む。それが俺の信条だからな」
「医者の不養生、てぇ言葉を、知っていますか」
「知らねぇな」
つらつらと毒を吐きあう。
三年前ももちろん、こんな会話の連続だった。
「さんの様子はどうだ」
「あんたが“問題ない”と言ったんでしょう」
「…そりゃあそうだけどよ」
「なら、大丈夫なんでしょう」
「おいおい。もっとちゃんと…って、もしかして本当に違うのか?」
「何が、ですか」
「夫婦じゃあねぇのかって」
薬売りは溜め息をつく。
「初めから誰も、そんなこと、言っちゃあいませんよ」
面倒事に巻き込まれぬよう、そんなフリをする。
そう思うものには思わせておく。
ただ、それだけの話だ。
良月は、薬売りの言葉を聞いて、眉根を寄せた。
「さんが否定しようとした理由が、分かった気がするぜ」
今度は薬売りが眉を寄せる。
手にしていた杯を、静かに膳に戻す。
「どういう、ことで」
「お前が、さんをどう思ってるかってことだよ」
良く考えてみろ、と顎で薬売りを指す。
薬売りは、ゆっくりと瞬きをすると同時に、口角を上げた。
「考えずとも、分かっていますよ」
その静かな答えに、良月はまた驚いた顔をした。
「ちっとも変わらねぇと思ってたんだがな…」
「変わっちゃあ、いませんよ。何も、ね」
ただ傍に、がいるということを除いては。
薬売りは徳利を傾けて酒を注ぐ。
「なぁ、薬売り」
「何ですか」
「俺とお前は、すぐにまた別れる。今日、明日にもな」
「そう、ですね」
「俺らが同じ時を過ごすなんざ、人の一生からみたらほんの刹那だぁな」
「そう、ですね」
「特にお前みてぇな生き方をしてると、人と出会って別れるなんてことはざらだ」
「そう、ですね」
「けどな、俺はそれ以外の存在があるって信じてるよ」
薬売りは良月の言葉を聞きながら、杯を揺らして中の酒を弄ぶ。
「何のことを言っているのかは知りませんがね…」
どちらともない所に視線を向けて呟く薬売り。
良月はじっと薬売りを見て、その言葉の先を待った。
「分かっていると、言っているじゃあ、ありませんか」
薬売りは、良月が見た事もないほど、穏やかな顔をしていた。
-END-
2010/11/14