幕間第三巻
〜不安な夜〜








 ジジジッと音を立てて、蝋燭が消えた。
 その部屋の唯一の光源だった。

 もう、夜半過ぎ。
 月も雲に隠れていて、殆んど闇のような世界。

 は、眠れずに居た。
 布団に入って目を閉じて、どれくらい経ったか。何回寝返りをうったのか。




 あれ以来、暗闇では眠れなくなった。




 芝居小屋での一件以来、行灯に火を灯したままでないと、恐くて眠れない。
 あの暗闇を思い出す。
 例え一瞬のことであっても、あの真っ暗な世界の中に一人放り出されたことは、の中で、ちょっとしたトラウマになってしまった。
 もちろん、モノノ怪も恐いのだが、闇の恐怖は同等、もしかしたらそれ以上だったかもしれない。

 あの一件の直後に泊まった宿で、寝ようと思って火を消したはいいが、何故だか恐くて眠れなかった。
 それ以来、行灯の火を消せなくなった。
 闇に、飲み込まれそうな気がして、酷く心拍数が上がる。




 は、ため息をついてから身体を起こす。
 それから枕元に静かに佇む天秤を手に乗せる。
  宿を取って最初に部屋に入るとき、薬売りが貸してくれるようになったのだ。

 掌に天秤を乗せたまま立ち上がると、は障子を開けて縁側に出た。
 今回取った部屋は一階にある。
 縁側の下に置いてある下駄を履いて、小さな中庭に降りる。
 月は見えないが、部屋の中よりは明るく感じられる。
 掌の天秤を、両手で軽く包み込んで、軽く息を吐く。


 すると、手の中で天秤が動いた。

「え…!?」

 まさかモノノ怪だろうか。
 は手を開いて、天秤を解放してやる。
 しかし天秤は傾くことなく、ぴょんぴょんと跳ね始めた。

「天秤さん?」

 尖った足先なのに、掌で跳ねられても痛くない。
 何度か掌で跳ねた後、高く飛び上がっての肩や頭を廻って行く。

「え…ちょっと」

 何が何だか分からないは、小さく戸惑いの声を上げる。
 くるくる回って、を廻って、再び掌に戻る。
 そうしてをじっと見つめるように、上向きになる。

「…励ましてくれてるの? 暗くても、天秤さんがいるからって?」

 の問いに、天秤は小さく跳ねる。
 そういうことなのだろう。

「ありがとう」

 は微笑んで、もう一度天秤を包み込む。
 いつもはじっと動かない天秤が、の心のうちを察して元気付けてくれた。

「君は、優しいね」

 そう言うと、は部屋に戻った。
 外よりも暗い部屋の中。
 部屋の隅の方は真っ暗で何も見えない。
 恐いことに変わりは無いけれど、一人じゃないと分かった。
 すぐ傍に、天秤がいる。

  隣の部屋には、あの人が居る。
 あの闇の中、呼ぶとすぐに答えてくれた。



 薬売り。



 ちゃんと見つけてくれて、傍に居てくれた。






 は天秤も一緒に布団の中に入れると、今度こそ眠りに落ちていった。










-END-




短いですね。
ここから、ヒロインと天秤の仲が…違


2009/10/12