宿を後にすると、薬売りは“寄りたいところがある”と言っての前を歩いた。
何処に向かっているのかも教えてもらえず、はただ付いて行くことしか出来ない。
「薬売りさん?」
背中に呼びかけても、答えてはくれない。
宿を出るとき、少し用がある、とだけ言っていた。
面白くないというような顔をしながら、は歩いていた。
町を出て少し行くと、萱葺きの家がの目に留まった。
「ここで、待っていてください」
「え…?」
そう言い置いて、薬売りはその家に向かった。
は大人しく言われたとおりにする。
薬売りが戸を叩くと、中から男が現れた。
遠目でよく分からないが、どちらかというと若く見える。
二人は二言三言言葉を交わして、家の中に入っていった。
「ちょっと…! 何ですか、それ!」
一人残されたは、批難の声を上げる。
何か言ってやろうと足を踏み出すも、はた、と我に返る。
後で薬売りに何を言われるか。
思い直して元居た場所に戻る。
そして盛大な溜め息をつく。
「もう、何なんですか…」
宛てのない問いが、消えた。
がぶつぶつと言っている間に、薬売りは家から出てきた。
戸口には先ほどの男。
どちらも、嬉しそうに見えるのは何故か。
「薬売りさんが嬉しそうだなんて…」
珍しいとばかりに、は二人を見ている。
の視線に気付いたのか、男がに向かって会釈をした。
「!!」
は慌てて会釈をし返すのだが、何が何だか分からない。
そんなを、薬売りはちらりと振り返る。
そうしてまた、男二人は言葉を交わす。
そして互いに軽く頭を下げると、薬売りは男に背を向けての元へ戻ってきた。
「どなたですか?」
「いえね、ちょっとした、知り合いですよ」
「…紹介はしてくれないんですか?」
良月のときのように。
「何れ…」
「え、だってもうここを離れるんですよね?」
「何れ、しますよ」
「…???」
困惑するを他所に、薬売りは歩き出した。
「あ、待ってください」
慌ててそれを追いかける。
去り際にちらりと家の方を見ると、男はまだ戸口に立ちこちらを見ていた。
が何とはなしにもう一度会釈をすると、男も会釈を返してくれた。
「あの方ですか?」
「まぁ」
「日の光で髪が輝いていますね。遠目ながらにも綺麗な髪だと分かります」
「そう、ですね」
「出来ればお顔も拝見したいところですが…」
「…」
「ここまで連れて来ないということは、やはりそういうことですか」
「どういう、ことで」
「いえ、こちらの話です。ご注文の品、出来上がっていますよ」
-END-
オチというものはありません。
2010/12/19