幕間第三十二巻
〜濃紺〜







 濃紺の空。
 鏤められた星。
 遠くで囁く虫の声。



 とても静か。



 何一つない。
 色鮮やかな着物も、主張の激しい壁や柱も、飾り立てられた人々も。
 人の手によるものは何一つない、一色刷りの世界。






 柔らかな草の上に膝を抱えて座る。
 辺りは一面の濃紺。

 右も左も分からない闇とはまったく違う。
 何処に何があって、自分が何処に居るのかが分かる。

 見上げれば空があり、見下ろせば地がある。
 右を向けばその先は林がある。
 左を向けば、薬売りがいる。

 いつもは目の覚めるような青の着物も、濃紺の世界では落ち着いた色になる。
 そのせいで、いつもの薬売りではないような気がしてしまう。


「たまにはいいですね、野宿も」
「何故?」
「目に優しいから」

 の答えに、クツリと笑ったのが分かった。
 それで、いつもの薬売りなのだと思う。

「何だかとても、落ち着きます」
「俺も、ですよ」


 何もない、誰もいない。
 濃紺の中に、二人。




 くぅ、と大きく伸びをして、肺を広げる。
 はぁ、と長く息を吐いて、全身の力を抜いた。


「綺麗…」


 視界には、空だけ。
 瞬く星が、降ってくる錯覚。


 人は死んだら星になる。


 そんな話を聞いたことがある。
 だとしたら、逝ってしまった人たちは、あのどれかなのだろうか。
 濃紺の世界の中で、こちらを見下ろしているのだろうか。


 届かないと分かっているけれど、右手を伸ばしてみた。


 空を切る手。


 そのまま、自分の指越しに空を見つめる。
 その視界に、大人しめの青が割り込んできた。


 の腕を軽く掴んで、降ろさせる。


「薬売りさん?」


 首を動かして薬売りに視線を向ける。


「どうするんで」
「え?」
「あの、濃紺の世界に、連れて行かれて、しまったら」


 悪戯っぽく笑う薬売り。


「大丈夫ですよ」
「何故?」
「薬売りさんが、こうやって掴んでいてくれますから」


 掴まれたままの腕を軽く上げて、は微笑んだ。



「それもそう、ですね」



 何故だか、今夜は互いに素直だ。
 いつもの軽口も、ちょっとした言い合いも出てこない。
 それでもとても心地いい。


 そうして二人はまた、空を見上げた。





 濃紺の世界が、二人を優しく、静かに包み込んでいた―。













-END-











ごめんなさい。
何か“つなぎ”が欲しくて咄嗟に作った話です。
すぐに次の話に行きたくないなって思って…

…時間稼ぎをしました…。

因みに夏の終わり頃の設定ですので
野宿も寒くありません。

2010/12/26