濃紺の空。
鏤められた星。
遠くで囁く虫の声。
とても静か。
何一つない。
色鮮やかな着物も、主張の激しい壁や柱も、飾り立てられた人々も。
人の手によるものは何一つない、一色刷りの世界。
柔らかな草の上に膝を抱えて座る。
辺りは一面の濃紺。
右も左も分からない闇とはまったく違う。
何処に何があって、自分が何処に居るのかが分かる。
見上げれば空があり、見下ろせば地がある。
右を向けばその先は林がある。
左を向けば、薬売りがいる。
いつもは目の覚めるような青の着物も、濃紺の世界では落ち着いた色になる。
そのせいで、いつもの薬売りではないような気がしてしまう。
「たまにはいいですね、野宿も」
「何故?」
「目に優しいから」
の答えに、クツリと笑ったのが分かった。
それで、いつもの薬売りなのだと思う。
「何だかとても、落ち着きます」
「俺も、ですよ」
何もない、誰もいない。
濃紺の中に、二人。
くぅ、と大きく伸びをして、肺を広げる。
はぁ、と長く息を吐いて、全身の力を抜いた。
「綺麗…」
視界には、空だけ。
瞬く星が、降ってくる錯覚。
人は死んだら星になる。
そんな話を聞いたことがある。
だとしたら、逝ってしまった人たちは、あのどれかなのだろうか。
濃紺の世界の中で、こちらを見下ろしているのだろうか。
届かないと分かっているけれど、右手を伸ばしてみた。
空を切る手。
そのまま、自分の指越しに空を見つめる。
その視界に、大人しめの青が割り込んできた。
の腕を軽く掴んで、降ろさせる。
「薬売りさん?」
首を動かして薬売りに視線を向ける。
「どうするんで」
「え?」
「あの、濃紺の世界に、連れて行かれて、しまったら」
悪戯っぽく笑う薬売り。
「大丈夫ですよ」
「何故?」
「薬売りさんが、こうやって掴んでいてくれますから」
掴まれたままの腕を軽く上げて、は微笑んだ。
「それもそう、ですね」
何故だか、今夜は互いに素直だ。
いつもの軽口も、ちょっとした言い合いも出てこない。
それでもとても心地いい。
そうして二人はまた、空を見上げた。
濃紺の世界が、二人を優しく、静かに包み込んでいた―。
-END-
ごめんなさい。
何か“つなぎ”が欲しくて咄嗟に作った話です。
すぐに次の話に行きたくないなって思って…
…時間稼ぎをしました…。
因みに夏の終わり頃の設定ですので
野宿も寒くありません。
2010/12/26