縁側に足を投げ出して、片手には杯。
すぐ背中にはさっきから娘が一人、せっせと手を動かしている。
その娘は、薬売りの髪を拭いているのだ。
「さん、もう、いいですよ」
丁寧に、何度も髪の水分を拭っている。
「だめです」
頑なだ。
さっきから何度も同じやりとりをしている。
「ちゃんと水気を取らないと、痛んじゃいますよ?」
「別に、困りは、しませんよ」
「少しはクセが落ち着くかもしれません」
「構いませんよ」
薬売りの髪は、見ての通りクセが強い。
けれど当の本人は特に気にすることはない。
自分の髪はそういうものだと解っているから。
「一度くらいちゃんと拭かせてください。いつも軽く拭くだけで、後はそのまま何もしないで放置するんですから」
一方のは、きちんと手入れをした薬売りの髪を見てみたいらしい。
“清造さんたちも言ってたじゃないですか”と薬売りを説得し、その結果今のこの状態だ。
「何も変わりは、しませんよ」
そう言いながらも、髪を弄らせているのはやはりそれが心地いいからだろう。
自分の拭き方とは違う、手拭でゆっくりと優しく髪を包み込むような拭き方。
も髪を洗った日は長いことそうして髪を拭いている。
面倒がらずに、いつも穏やかな顔をして。
そういえば、何故だかとても落ち着く。
目を閉じて、深く呼吸を繰り返す。
「このくらいですか?」
暫くそうしていると、背後から声がかかった。
「終わりましたか」
「はい、一通り」
薬売りは自分の後頭部の辺りに触れて、髪を確かめる。
水分が取れて、とても軽くなっている。
それだけではなく、パサつきが抑えられているようだ。
「大したもんで」
「いいえ、そんなこと」
は微笑む。
指先に薬売りの髪を絡めて、弄ぶ。
「でも、薬売りさんの髪は、やっぱり薬売りさんの髪でしたね」
それは、あまり変わらなかったということだろうか。
「そりゃあ、そうですよ」
薬売りも釣られて笑う。
「これからは、たまにでもちゃんと拭いて下さいね」
「…」
薬売りはしばし考える。
「どうかしました?」
「いえね、俺はてっきり」
振り返ってを見ると、小首を傾げてこちらを見ていた。
「これからは、さんが、拭いてくれるもんだと…」
その言葉に驚いた顔をする。
「何言ってるんですかっ」
「何なら俺が、さんの髪を、拭きますか」
「け、結構ですっ」
「そう言わずに」
薬売りはの髪を一房手に取ると、その艶に口付けを落とした。
「いきなり何してるんですか…!」
するりと、薬売りの手から髪が逃げて行った。
は大事そうに自分の髪を抱え込んで、薬売りを警戒している。
眉間に皺を寄せているが、その頬は赤い。
薬売りは“負けた”とばかりに微笑んだ。
「やはり俺は、自分の髪より、さんの髪の方が、いい」
「だからって自分の髪をぞんざいに扱わないで下さい」
はそう言って、愛おしそうに薬売りの髪を指先で梳いた。
貴女がそう言うのなら、この髪も悪くない。
-END-
え、これまだくっついてませんからね。
2011/4/24