幕間第三十七巻
〜髪〜








 縁側に足を投げ出して、片手には杯。
 すぐ背中にはさっきから娘が一人、せっせと手を動かしている。


 その娘は、薬売りの髪を拭いているのだ。


さん、もう、いいですよ」


 丁寧に、何度も髪の水分を拭っている。


「だめです」


 頑なだ。
 さっきから何度も同じやりとりをしている。


「ちゃんと水気を取らないと、痛んじゃいますよ?」
「別に、困りは、しませんよ」
「少しはクセが落ち着くかもしれません」
「構いませんよ」


 薬売りの髪は、見ての通りクセが強い。
 けれど当の本人は特に気にすることはない。
 自分の髪はそういうものだと解っているから。

「一度くらいちゃんと拭かせてください。いつも軽く拭くだけで、後はそのまま何もしないで放置するんですから」

 一方のは、きちんと手入れをした薬売りの髪を見てみたいらしい。
 “清造さんたちも言ってたじゃないですか”と薬売りを説得し、その結果今のこの状態だ。

「何も変わりは、しませんよ」

 そう言いながらも、髪を弄らせているのはやはりそれが心地いいからだろう。
 自分の拭き方とは違う、手拭でゆっくりと優しく髪を包み込むような拭き方。
 も髪を洗った日は長いことそうして髪を拭いている。
 面倒がらずに、いつも穏やかな顔をして。

 そういえば、何故だかとても落ち着く。


 目を閉じて、深く呼吸を繰り返す。



「このくらいですか?」



 暫くそうしていると、背後から声がかかった。

「終わりましたか」
「はい、一通り」

 薬売りは自分の後頭部の辺りに触れて、髪を確かめる。
 水分が取れて、とても軽くなっている。
 それだけではなく、パサつきが抑えられているようだ。

「大したもんで」
「いいえ、そんなこと」

 は微笑む。
 指先に薬売りの髪を絡めて、弄ぶ。

「でも、薬売りさんの髪は、やっぱり薬売りさんの髪でしたね」

 それは、あまり変わらなかったということだろうか。

「そりゃあ、そうですよ」

 薬売りも釣られて笑う。



「これからは、たまにでもちゃんと拭いて下さいね」
「…」

 薬売りはしばし考える。

「どうかしました?」
「いえね、俺はてっきり」

 振り返ってを見ると、小首を傾げてこちらを見ていた。

「これからは、さんが、拭いてくれるもんだと…」

 その言葉に驚いた顔をする。

「何言ってるんですかっ」
「何なら俺が、さんの髪を、拭きますか」
「け、結構ですっ」
「そう言わずに」

 薬売りはの髪を一房手に取ると、その艶に口付けを落とした。


「いきなり何してるんですか…!」

 するりと、薬売りの手から髪が逃げて行った。
 は大事そうに自分の髪を抱え込んで、薬売りを警戒している。
 眉間に皺を寄せているが、その頬は赤い。
 薬売りは“負けた”とばかりに微笑んだ。


「やはり俺は、自分の髪より、さんの髪の方が、いい」
「だからって自分の髪をぞんざいに扱わないで下さい」


 はそう言って、愛おしそうに薬売りの髪を指先で梳いた。







 貴女がそう言うのなら、この髪も悪くない。



















-END-








え、これまだくっついてませんからね。



2011/4/24