幕間第三十八巻
〜気になるんです〜







 古ぼけて閑散とした神社の境内。
 一休みをしようと、腰を下ろした。
 罰が当たるかもしれないけれど、お賽銭箱の真ん前に。

 境内には小さな先客が何人か居て、かくれんぼでもしているのか、今は一人であちこち見回っている。
 パタパタと走り回って、それでもとても元気だ。


「皆何処に隠れてるんでしょうね」
 隣の薬売りさんに話しかける。
「さぁて」
 気のない返事とは裏腹に、口元は笑っている。
 この人は、意外にも子供が好きなのかもしれない。
 それとも、単に面白がっているだけなのか。

 そんな事を考えていると、さっきまで仲間を探し回っていた子どもが、ててて、と近寄ってきた。
「なぁ」
 その男の子は、薬売りさんの正面で立ち止まった。
「…俺、ですか」
「うん」
 私は成り行きを見守る。
「兄ちゃんの耳、何でそんなに尖がってるん??」
 な。
「耳、ですか」
「おれ、そんな耳はじめて見た」
 子どもというものは、どうしてこう、大人では聞きづらいことをさらりと聞いてしまうのか。
「それ、本物?」
「そりゃあ、もちろん」
 犬歯まで見えるように、わざといつもより口角を上げているのだと分かる。
 その口から覗いた犬歯に気付いた男の子は、目を丸くした。
 というか、どうも、“目を輝かせた”と言った方が正しい。
「兄ちゃん、人、だよね」
「そりゃあ、もちろん」
「でもでも」
 好奇心いっぱいの顔で、頬まで紅潮させて薬売りさんを見ている。
「いいですか、坊」
「なに??」
「この世の中には、坊の知らないことが、いくらでも、あるんですよ」
「おれの、知らないこと?」
「だからね、坊。分からない事があっても、すぐに人に聞いちゃあ、いけませんぜ」
「なんでだ?」
「まずは自分で、考えるんですよ」
 その方が、色んなことを考えられるからですか?
 二人の会話を聞きながら、私はそう思った。
「その方が、きっと、楽しい」
 薬売りさんの言葉に、男の子は鼻息が漏れそうなくらい激しく頷いた。
 それが何とも、可愛くて、可笑しかった。
「じゃあ、何でそんな耳なのか、考える」
「そうして、下さい」
「考えたら、教えてくれるの?」
「また、会うことが、あれば」
「わかった!!」
 そう言うと、また、ててて、とかくれんぼに戻っていった。


 口角を上げたままの薬売りさんの横顔を見る。
「そんなに、可笑しいですか」
「私、笑ってました?」
「とても、楽しそうに」
「だって」
 また会うかなんて、分からない。
「でも、ちょっと残念です」
「何が、ですか」
「実は私もちょっと気になってたんです」
 いいえ、かなり。
「俺の耳が、何故尖がっているか」
「はい。…でも、まずは自分で考えるんですよね?」
「そうして、ください」
「また会うときに教えてくれる?」
 毎日毎日顔を合わせているのに。
 くすくすと、小さく笑って見せる。
「そうですね、何れ…」
 何れ、教えてくれるのだろうか、本当に。

 そんな曖昧な答えが、何となく不安を募らせる。
 薬売りさんの何を知っているわけでもない私が、これから先薬売りさんのことをどれだけ知ることが出来るのか。
 それとも、そんなときは訪れないのか。


「行きますか」


 薬売りさんの声が降って来る。
 顔を上げると、薬売りさんはもう立ち上がって行李を背負っていた。


「はい。でも少しだけ待っててください」


 私は立ち上がると、振り返って神殿を見つめた。
 そうして色んなしきたりを省いて、両手を合わせた。







「もう、いいんで」
 お参りを済ませて元の方を向けば、薬売りさんがさっきと同じ場所に立っていた。
 私のお参りが終るまで、ちゃんと待っていてくれた。
「はい」
「何を、お願い、したんで」
「それは…」


 沢山ありすぎて、こんなに自分は欲張りなのかと思うくらい。


「秘密です」


 弾む声で答えた。



「そう、ですか。…俺は、てっきり…」
「てっきり?」
「俺の耳のことを、早く知れますように、とか」
「そんな事に神頼みはしません。もったいない」
「もたいないってぇ、貴女」
「もっと、も〜っと大事なことです」



 だって全部、薬売りさんのことだから。

 薬売りさんと、私とのこと、だから―。





 あ、でもその中に、耳の事も入ってるのか…















-END-









駄作が続きます…

2011/5/1