古ぼけて閑散とした神社の境内。
一休みをしようと、腰を下ろした。
罰が当たるかもしれないけれど、お賽銭箱の真ん前に。
境内には小さな先客が何人か居て、かくれんぼでもしているのか、今は一人であちこち見回っている。
パタパタと走り回って、それでもとても元気だ。
「皆何処に隠れてるんでしょうね」
隣の薬売りさんに話しかける。
「さぁて」
気のない返事とは裏腹に、口元は笑っている。
この人は、意外にも子供が好きなのかもしれない。
それとも、単に面白がっているだけなのか。
そんな事を考えていると、さっきまで仲間を探し回っていた子どもが、ててて、と近寄ってきた。
「なぁ」
その男の子は、薬売りさんの正面で立ち止まった。
「…俺、ですか」
「うん」
私は成り行きを見守る。
「兄ちゃんの耳、何でそんなに尖がってるん??」
な。
「耳、ですか」
「おれ、そんな耳はじめて見た」
子どもというものは、どうしてこう、大人では聞きづらいことをさらりと聞いてしまうのか。
「それ、本物?」
「そりゃあ、もちろん」
犬歯まで見えるように、わざといつもより口角を上げているのだと分かる。
その口から覗いた犬歯に気付いた男の子は、目を丸くした。
というか、どうも、“目を輝かせた”と言った方が正しい。
「兄ちゃん、人、だよね」
「そりゃあ、もちろん」
「でもでも」
好奇心いっぱいの顔で、頬まで紅潮させて薬売りさんを見ている。
「いいですか、坊」
「なに??」
「この世の中には、坊の知らないことが、いくらでも、あるんですよ」
「おれの、知らないこと?」
「だからね、坊。分からない事があっても、すぐに人に聞いちゃあ、いけませんぜ」
「なんでだ?」
「まずは自分で、考えるんですよ」
その方が、色んなことを考えられるからですか?
二人の会話を聞きながら、私はそう思った。
「その方が、きっと、楽しい」
薬売りさんの言葉に、男の子は鼻息が漏れそうなくらい激しく頷いた。
それが何とも、可愛くて、可笑しかった。
「じゃあ、何でそんな耳なのか、考える」
「そうして、下さい」
「考えたら、教えてくれるの?」
「また、会うことが、あれば」
「わかった!!」
そう言うと、また、ててて、とかくれんぼに戻っていった。
口角を上げたままの薬売りさんの横顔を見る。
「そんなに、可笑しいですか」
「私、笑ってました?」
「とても、楽しそうに」
「だって」
また会うかなんて、分からない。
「でも、ちょっと残念です」
「何が、ですか」
「実は私もちょっと気になってたんです」
いいえ、かなり。
「俺の耳が、何故尖がっているか」
「はい。…でも、まずは自分で考えるんですよね?」
「そうして、ください」
「また会うときに教えてくれる?」
毎日毎日顔を合わせているのに。
くすくすと、小さく笑って見せる。
「そうですね、何れ…」
何れ、教えてくれるのだろうか、本当に。
そんな曖昧な答えが、何となく不安を募らせる。
薬売りさんの何を知っているわけでもない私が、これから先薬売りさんのことをどれだけ知ることが出来るのか。
それとも、そんなときは訪れないのか。
「行きますか」
薬売りさんの声が降って来る。
顔を上げると、薬売りさんはもう立ち上がって行李を背負っていた。
「はい。でも少しだけ待っててください」
私は立ち上がると、振り返って神殿を見つめた。
そうして色んなしきたりを省いて、両手を合わせた。
「もう、いいんで」
お参りを済ませて元の方を向けば、薬売りさんがさっきと同じ場所に立っていた。
私のお参りが終るまで、ちゃんと待っていてくれた。
「はい」
「何を、お願い、したんで」
「それは…」
沢山ありすぎて、こんなに自分は欲張りなのかと思うくらい。
「秘密です」
弾む声で答えた。
「そう、ですか。…俺は、てっきり…」
「てっきり?」
「俺の耳のことを、早く知れますように、とか」
「そんな事に神頼みはしません。もったいない」
「もたいないってぇ、貴女」
「もっと、も〜っと大事なことです」
だって全部、薬売りさんのことだから。
薬売りさんと、私とのこと、だから―。
あ、でもその中に、耳の事も入ってるのか…
-END-
駄作が続きます…
2011/5/1