幕間第三十九巻
〜呼び声〜






『……』




「う…ん…?」


 ゆっくりと目を開けると、最初に見えたのは天井だった。
 薄暗い中にぼんやりと木が組んであるのが見える。


 衝立の向こうには仄かに灯りが灯っていて、まだ薬売りが起きているのだと分かった。
 そうして、そちらから声がした。


「どうか、しましたか」


 控えめに掛けられた声に、は次第に覚醒していく。


「よく分からないんですけど…」


 思いの外掠れた声が出た。
 それに少しだけ苦笑し、衝立の向こうへ問いかけた。


「薬売りさん、私のこと呼んでませんよね?」
「えぇ」
「そうですよね。薬売りさん、私のこと呼び捨てにしないですもん」
「…呼び捨て、ですか」
「はい。、と呼ばれたような気がして」
「誰に」
「それが、分からないんです」


 けれど、呼ばれたような気がした。

 聞いたことのない声で。

 強い意志を持った声で。






 この世ならざるもの、なのかもしれない。
 自分に聞くことの出来る“声”の主。
 それは、モノノ怪だったり、アヤカシだったり、所謂幽霊だったり。

 けれどその声は、それらのどれとも違うような気がした。



 急に、視界が明るくなった。
 薬売りが衝立を避けたのだ。


「大丈夫、ですか」
「はい、変わったことは何も」

 薬売りはの傍まで来ると、の顔を覗きこんだ。
 顔色は、特に悪くはない。
 少しだけ青白いのは、寝起きだからだろう。

「夢は」
「いえ、見てません」
「どんな声、でしたか」
「え? …それが、よく分からなくて」
 薬売りに呼んだかどうか尋ねるくらいなのだから、分かるわけがない。



 不安げに、薬売りを見上げる。
「モノノ怪でしょうか」
「だとすれば…」
 薬売りはそこで言葉を切った。
 そうしてから視線を外した。


「随分、挑戦的で」
「え…?」


 口角を上げる薬売りに、は訳が分からなかった。


「そのモノノ怪、必ず斬ってやりますよ」
「はぁ…」


 何故か力の入った声で、薬売りは呟いた。
 は首を傾げるばかりだった。


















 俺ですら呼び捨てなどしたことはないのに。
 一体何処の誰が、そんなことをしてくれたのか。
 見つけたら、只じゃあ置かない。


 覚悟を、しておきなさい。













-END-







2011/5/8