『……』
「う…ん…?」
ゆっくりと目を開けると、最初に見えたのは天井だった。
薄暗い中にぼんやりと木が組んであるのが見える。
衝立の向こうには仄かに灯りが灯っていて、まだ薬売りが起きているのだと分かった。
そうして、そちらから声がした。
「どうか、しましたか」
控えめに掛けられた声に、は次第に覚醒していく。
「よく分からないんですけど…」
思いの外掠れた声が出た。
それに少しだけ苦笑し、衝立の向こうへ問いかけた。
「薬売りさん、私のこと呼んでませんよね?」
「えぇ」
「そうですよね。薬売りさん、私のこと呼び捨てにしないですもん」
「…呼び捨て、ですか」
「はい。、と呼ばれたような気がして」
「誰に」
「それが、分からないんです」
けれど、呼ばれたような気がした。
聞いたことのない声で。
強い意志を持った声で。
この世ならざるもの、なのかもしれない。
自分に聞くことの出来る“声”の主。
それは、モノノ怪だったり、アヤカシだったり、所謂幽霊だったり。
けれどその声は、それらのどれとも違うような気がした。
急に、視界が明るくなった。
薬売りが衝立を避けたのだ。
「大丈夫、ですか」
「はい、変わったことは何も」
薬売りはの傍まで来ると、の顔を覗きこんだ。
顔色は、特に悪くはない。
少しだけ青白いのは、寝起きだからだろう。
「夢は」
「いえ、見てません」
「どんな声、でしたか」
「え? …それが、よく分からなくて」
薬売りに呼んだかどうか尋ねるくらいなのだから、分かるわけがない。
不安げに、薬売りを見上げる。
「モノノ怪でしょうか」
「だとすれば…」
薬売りはそこで言葉を切った。
そうしてから視線を外した。
「随分、挑戦的で」
「え…?」
口角を上げる薬売りに、は訳が分からなかった。
「そのモノノ怪、必ず斬ってやりますよ」
「はぁ…」
何故か力の入った声で、薬売りは呟いた。
は首を傾げるばかりだった。
俺ですら呼び捨てなどしたことはないのに。
一体何処の誰が、そんなことをしてくれたのか。
見つけたら、只じゃあ置かない。
覚悟を、しておきなさい。
-END-
2011/5/8