幕間第四巻
〜やけに騒がしい〜












 最近、天秤が騒がしい。










 薬売りは、宿の近くになるとやけに騒がしくなる天秤が気になっていた。
 別に大群でじゃらじゃら音を立てるわけでも、暴れるわけでもないのだが、宿を取る時分には、決まってそわそわし始めるのだ。


「薬売りさん、今日はこの辺で宿を取りませんか?」
 がそう提案してくる。
「そう、ですね。もう、日も暮れ始める頃だ」
 薬売りは返事をする。
 そして案の定、今日も背中の行李の中で、天秤がそわそわし始めた。
「一体、何なんでしょうね」
 首を傾げながら呟く。
「何がですか?」
 に聞こえていたらしい。
「いえ…何でも」
 今度はが首を傾げる。








 無事に宿を見つけると、それぞれの部屋に向う。
 は宿の手伝いが出来ることになり、荷物を置くなり土間の方へ姿を消していった。
 天秤を渡しそびれたが、後でも大丈夫だろう。
 そう思って薬売りは自分の部屋に入る。
 行李を下ろして、薬の入っている引き出しを整理しようとしたが、他の引き出しに入っている天秤が気になって、そちらに先に手をかけた。
 するといくつもの天秤が飛び出してきて、ぴょんぴょんと跳ね始めた。まるで威嚇でもしているかのように、天秤同士が追いかけっこをしている。
 確かに天秤は、自分の意志があるかのように動き回るが…。
 こんな姿は初めて見る。
「何ですか…」
 薬売りは胡坐で座り、両腕を組んだ。
 薬売りの声に反応したのか、天秤は一斉に薬売りの膝やら腿やらに乗ってきて、まるで自分を売り込むように跳ね続けている。



 しばし考えを巡らせた薬売りは、ある答えに辿り着いた。

「…ほぅ…」

 そういうこと、か。

さんの部屋に、行きたいの、ですか」

 その言葉に、更に激しく飛び跳ねる。
 どうやら当たっているようだ。

「今日は、どれが行くのか、揉めていた?」

 パッと跳ぶのを止める。

「宿を取るたび、騒がしいのは、そのため」

 途端に大人しくなる天秤に、分かりやすい、と嗤う。
 けれど、の何処を気に入ったのか。
 確かに毎晩のように貸してはいるが、天秤がを気に入る要素とは一体何なのか。

「全く、不思議な娘だ」

 口角を上げて、心なしか楽しげだ。

「揉めるなら、順番を決めれば、いいんじゃないですか」

 宿を取るたびに騒がしくなられても困る。
 ならばいっそのこと、順番を決めておけばいい。今日はどれ、明日はどれ、と。
 とはいえ、自分でも天秤がいくつあるのか記憶が定かではない。
 全部に順番が回るには、一体どれほど時間がかかるか。
 何なら、一晩にいくつも貸してやらないこともない。
 けれど…。




 当分は、連れて歩こう。

 そう思っている。

 だから、一つずつで充分。





 薬売りは自嘲気味に笑って、天秤に引き出しに戻るよう指示する。
 天秤は素直に戻っていく。薬売りの案を呑んだのだろう。

さんが戻るまでに、決めておくんですよ」

 薬売りは何処か楽しそうに言った。











-END-




ヒロインと天秤の仲に勘付いた薬売りさん…
さて、薬売りさんにとってヒロインは
いつまで「不思議な娘」なんでしょうかねぇ。


2009/10/17