最近、天秤が騒がしい。
薬売りは、宿の近くになるとやけに騒がしくなる天秤が気になっていた。
別に大群でじゃらじゃら音を立てるわけでも、暴れるわけでもないのだが、宿を取る時分には、決まってそわそわし始めるのだ。
「薬売りさん、今日はこの辺で宿を取りませんか?」
がそう提案してくる。
「そう、ですね。もう、日も暮れ始める頃だ」
薬売りは返事をする。
そして案の定、今日も背中の行李の中で、天秤がそわそわし始めた。
「一体、何なんでしょうね」
首を傾げながら呟く。
「何がですか?」
に聞こえていたらしい。
「いえ…何でも」
今度はが首を傾げる。
無事に宿を見つけると、それぞれの部屋に向う。
は宿の手伝いが出来ることになり、荷物を置くなり土間の方へ姿を消していった。
天秤を渡しそびれたが、後でも大丈夫だろう。
そう思って薬売りは自分の部屋に入る。
行李を下ろして、薬の入っている引き出しを整理しようとしたが、他の引き出しに入っている天秤が気になって、そちらに先に手をかけた。
するといくつもの天秤が飛び出してきて、ぴょんぴょんと跳ね始めた。まるで威嚇でもしているかのように、天秤同士が追いかけっこをしている。
確かに天秤は、自分の意志があるかのように動き回るが…。
こんな姿は初めて見る。
「何ですか…」
薬売りは胡坐で座り、両腕を組んだ。
薬売りの声に反応したのか、天秤は一斉に薬売りの膝やら腿やらに乗ってきて、まるで自分を売り込むように跳ね続けている。
しばし考えを巡らせた薬売りは、ある答えに辿り着いた。
「…ほぅ…」
そういうこと、か。
「さんの部屋に、行きたいの、ですか」
その言葉に、更に激しく飛び跳ねる。
どうやら当たっているようだ。
「今日は、どれが行くのか、揉めていた?」
パッと跳ぶのを止める。
「宿を取るたび、騒がしいのは、そのため」
途端に大人しくなる天秤に、分かりやすい、と嗤う。
けれど、の何処を気に入ったのか。
確かに毎晩のように貸してはいるが、天秤がを気に入る要素とは一体何なのか。
「全く、不思議な娘だ」
口角を上げて、心なしか楽しげだ。
「揉めるなら、順番を決めれば、いいんじゃないですか」
宿を取るたびに騒がしくなられても困る。
ならばいっそのこと、順番を決めておけばいい。今日はどれ、明日はどれ、と。
とはいえ、自分でも天秤がいくつあるのか記憶が定かではない。
全部に順番が回るには、一体どれほど時間がかかるか。
何なら、一晩にいくつも貸してやらないこともない。
けれど…。
当分は、連れて歩こう。
そう思っている。
だから、一つずつで充分。
薬売りは自嘲気味に笑って、天秤に引き出しに戻るよう指示する。
天秤は素直に戻っていく。薬売りの案を呑んだのだろう。
「さんが戻るまでに、決めておくんですよ」
薬売りは何処か楽しそうに言った。
-END-
ヒロインと天秤の仲に勘付いた薬売りさん…
さて、薬売りさんにとってヒロインは
いつまで「不思議な娘」なんでしょうかねぇ。
2009/10/17