窓際に座り込んで、薬売りが外を眺めている。
薄い羽織を肩に掛けて、物思いにでも耽っているのかもしれない。
僕は、そんな背中を眺めている。
二間続きの端と端。
僕が見ているなんて、薬売りは気付いていない。
薬売りの様子がおかしいことは、結構前から気付いてた。
いつの頃だろう。
黒髪切り?
いや、轆轤首の頃かもしれない。
ちゃんに対する接し方がぎこちない。
距離を置いたかと思うと、妙に近付く事もある。
どっちつかずっていうか。
どう接したらいいのか分からない、そんな感じがする。
基本的にちゃんには甘いけど。
それでもちょっと恐る恐る感がある。
ちゃんがそれに気付く事はないし、薬売り自身だって、気付いてるか分かったもんじゃない。
もうずっと薬売りの近くに居る僕等だから気付いた事だと思う。
ちゃんに出会うまで、薬売りはひとりで旅をしてきた。
もちろん、僕等や退魔の剣はいたけど、直接話をすることはない。
僕等天秤が、こんなに高度な思考能力をもっていることだって、多分知らない。
たまに“気に入った”とか説明してるけど、こんな風に人並みに考え事をしているなんて、きっと思ってもいないだろう。
だから、実質ひとりだ。
ひとりで淡々と旅をしてきた。
モノノ怪のほかには、何にも感心がなかった。
でも、ちゃんと出会ってからは違う。
薬売りは変わったよ。
ちゃんと旅を始めて。
色んなことを知ったでしょ。
考えるようになったでしょ。
モノノ怪の気持ちだとか、生きてる人の気持ちだとか。
景色が、変わったでしょ。
同じ世界だとは思えないほどに。
それから…
人を好きになること。
大切に思って、守りたいと思うこと。
皆、言葉を選んで明確な言葉を使わなかったけど。
でも僕は敢えてはっきり言うよ。
それは、恋でしょう?
ねぇ、薬売り。
薬売りが何を迷っているのかは、僕には分からない。
でも、見ていれば分かるよ。
触れたくて、触れたくて、仕方ないんだ。
それを必死に抑えて、距離を置く。
とても辛そうだ。
どうしたいの?
このままがいいの?
僕等は嬉しいんだよ。
ずっと薬売りの傍で、薬売りを見てきたから。
確かにこのままずっとモノノ怪を斬って生きることは出来る。
でも、それだけじゃ、寂しすぎるんだ。
誰かが隣にいて、笑って。
そういう生き方だって出来ると思うんだ。
実際に今、そんな生き方をしてるじゃないか。
ねぇ、薬売り。
僕らの主は、決して臆病じゃないと、信じてるから―。
「どうしたの?」
小さく声を掛けられて、僕はくるりと反転した。
ちゃんが、正座して更に身体を屈ませて僕を覗き込んでいた。
「そんなに薬売りさんのこと見つめて」
ニコリと笑う顔は、出会った頃よりも綺麗になったと思う。
僕はぴょんと跳ねて、ちゃんの掌に移った。
「ただ座ってるだけなのに、何であんなに絵になるんだろうね?」
囁くように言って、ちゃんは微笑んだ。
「そうだ。私、ずっと天秤さんにはお礼を言わなきゃと思ってたの」
何のことだろう。
「大切なことを気付かせてくれたから」
僕が?
大切な事?
見れば、ちゃんの視線は、さっきまで僕が見ていたものに向かっていた。
とても穏やかで、優しくて、綺麗で、そして、眩しくて―。
あぁ。
僕は、気付いてしまった。
気付いてしまった―。
そうして二人が、ずっと離れなければいいと思った。
-END-
うちの天秤さんはいい仕事してるはずです。
とにかく全ての天秤さんが二人の心配をしてる設定…笑
2011/6/12