幕間第四十二巻
〜天秤〜





 窓際に座り込んで、薬売りが外を眺めている。
 薄い羽織を肩に掛けて、物思いにでも耽っているのかもしれない。
 僕は、そんな背中を眺めている。

 二間続きの端と端。
 僕が見ているなんて、薬売りは気付いていない。





 薬売りの様子がおかしいことは、結構前から気付いてた。
 いつの頃だろう。
 黒髪切り?
 いや、轆轤首の頃かもしれない。

 ちゃんに対する接し方がぎこちない。

 距離を置いたかと思うと、妙に近付く事もある。

 どっちつかずっていうか。
 どう接したらいいのか分からない、そんな感じがする。


 基本的にちゃんには甘いけど。
 それでもちょっと恐る恐る感がある。
 ちゃんがそれに気付く事はないし、薬売り自身だって、気付いてるか分かったもんじゃない。
 もうずっと薬売りの近くに居る僕等だから気付いた事だと思う。






 ちゃんに出会うまで、薬売りはひとりで旅をしてきた。
 もちろん、僕等や退魔の剣はいたけど、直接話をすることはない。
 僕等天秤が、こんなに高度な思考能力をもっていることだって、多分知らない。

 たまに“気に入った”とか説明してるけど、こんな風に人並みに考え事をしているなんて、きっと思ってもいないだろう。

 だから、実質ひとりだ。
 ひとりで淡々と旅をしてきた。
 モノノ怪のほかには、何にも感心がなかった。


 でも、ちゃんと出会ってからは違う。


 薬売りは変わったよ。
 ちゃんと旅を始めて。

 色んなことを知ったでしょ。
 考えるようになったでしょ。
 モノノ怪の気持ちだとか、生きてる人の気持ちだとか。


 景色が、変わったでしょ。
 同じ世界だとは思えないほどに。



 それから…



 人を好きになること。
 大切に思って、守りたいと思うこと。



 皆、言葉を選んで明確な言葉を使わなかったけど。
 でも僕は敢えてはっきり言うよ。




 それは、恋でしょう?




 ねぇ、薬売り。




 薬売りが何を迷っているのかは、僕には分からない。


 でも、見ていれば分かるよ。





 触れたくて、触れたくて、仕方ないんだ。





 それを必死に抑えて、距離を置く。
 とても辛そうだ。


 どうしたいの?
 このままがいいの?





 僕等は嬉しいんだよ。
 ずっと薬売りの傍で、薬売りを見てきたから。

 確かにこのままずっとモノノ怪を斬って生きることは出来る。
 でも、それだけじゃ、寂しすぎるんだ。
 誰かが隣にいて、笑って。
 そういう生き方だって出来ると思うんだ。



 実際に今、そんな生き方をしてるじゃないか。



 ねぇ、薬売り。






 僕らの主は、決して臆病じゃないと、信じてるから―。





「どうしたの?」

 小さく声を掛けられて、僕はくるりと反転した。
 ちゃんが、正座して更に身体を屈ませて僕を覗き込んでいた。

「そんなに薬売りさんのこと見つめて」

 ニコリと笑う顔は、出会った頃よりも綺麗になったと思う。
 僕はぴょんと跳ねて、ちゃんの掌に移った。

「ただ座ってるだけなのに、何であんなに絵になるんだろうね?」

 囁くように言って、ちゃんは微笑んだ。

「そうだ。私、ずっと天秤さんにはお礼を言わなきゃと思ってたの」

 何のことだろう。

「大切なことを気付かせてくれたから」

 僕が?
 大切な事?

 見れば、ちゃんの視線は、さっきまで僕が見ていたものに向かっていた。
 とても穏やかで、優しくて、綺麗で、そして、眩しくて―。





 あぁ。




 僕は、気付いてしまった。






 気付いてしまった―。














 そうして二人が、ずっと離れなければいいと思った。




















-END-







うちの天秤さんはいい仕事してるはずです。
とにかく全ての天秤さんが二人の心配をしてる設定…笑

2011/6/12