幕間第四十三巻
〜幸福論・壱〜





 ぼんやりと、川を眺める。
 毎日毎日、そうしてる。

 でも、昨日はいつもとは違った。
 人と喋った。
 今日も、その予定ではいる。
 来てくれるかなんて、分からないけど。





「お莉津さん」



 昨日よりも遅い時刻だった。
 ちょうど、アタシが話し終えた夕日が目に沁みる角度まで落ちた頃。

 振り向くと、さんの隣に見知らぬ男が立っていた。
 派手な出で立ちで、ちょっと…いえ、凄く妖しい人だ。

「…? その人…」
「薬売りさんです。一緒に旅をしてます」

 はにかんだ顔が、何だか可愛かった。
 “一緒に旅をしてる”なんて、遠まわしな言い方して。
 ちょっとだけ癪だったけど、結構お似合いだから何も言わないであげた。

「で、宿題の答えは?」

 アタシの問いかけに、さんは薬売りさんの方を見る。
 薬売りさんの方もさんと視線を合わせる。

「さっき、三橋屋さんに行ってきました」
「…え?」
「お莉津さんの友人だと言って、お線香を上げさせていただきました」
「何でそんなこと」
「そうしなけりゃ、話が、聞けませんからね」
「話って?」


 どういう事だろう。
 アタシは考えて来てって言ったつもりだったのに。
 どうしてわざわざアタシの家まで。


「貴女が亡くなった後、正衛門さんは、諒太郎さんを養子に迎えたそうです」
「え?」
「互いに互いの肉親を殺しておいて、と始めは奇異の目で見られたらしいです」
「そんなの、当たり前じゃない!」
「でも二人は、それを互いへの贖罪にしようとしているんです」
「贖罪…」
「正衛門さんは、諒太郎さんを店の跡取りとすることで。諒太郎さんは、店の発展に尽力する事で、自らの罪を、償おうと、しているんですよ」


 そんな事が出来るわけ…


「貴女のお陰だと、言って、いましたよ」
「アタシの…?」
「貴女の言葉で、二人とも、救われたのだと」


 そんなの…


「お莉津さん、貴女の気持ちは二人に届いています」
「アタシの気持ち?」
「幸せだったって。正衛門さんも諒太郎さんも、誰もが幸せに生きられるような、そんな世にしたいって。貴女が、幸せだったように」


 だってアタシは幸せだったから、そう伝えただけなのに。


「正衛門さんは昔見捨ててしまった職人さんたち謝罪をして、また少しずつ仕事を任せるようになったらしいです」
「諒太郎さんは、いざこざが起きぬよう、その間に入って橋渡し役を、していますよ」


 涙が溢れてきた。
 互いの肉親を殺し合った父とあの人が、手を取り合って人の為に動いているなんて。
 そんなの信じられない。
 もっと恨みあって、もっと憎みあっていると思っていたのに。


「二人を導いたのは、お莉津さん、貴女、ですよ」


 涙で滲んだ視界で、さんと薬売りさんを見た。
 さんも、目を赤くしている。
 薬売りさんは、少しだけ口の端を上げている。


「…よかった…」


 変なの。
 死んでるのに、声が掠れるなんて。


 さんが傍に来て、そっとアタシを抱きしめてくれた。
 触れたところが温かくて、これが生きてる人の温度だと思った。
 もう、アタシには無いもの。


「お莉津さん…」
「ありがとう、さん、薬売りさん」


 少しずつ、意識が遠のいていく。
 もしかして、これでアタシは成仏できるのかもしれない。
 この夕日とも、川の流れとも、お別れなんだ。


 それでも、もう本当に、思い残す事なんてない。





 だけど、一つだけ言わせて。
 最期に出来た、綺麗で不思議な友達に…



 耳元で小さく囁くと、驚いたように目を丸くした。
 でも、すぐに頬を染めて、困ったように微笑んだ。







「貴女も、どうか幸せに」

















-END-












綺麗過ぎる話。
普通家族殺した、殺された同士が仲良くなんてできないと思う。
多分二人には相当な葛藤があったと思います。
描写はないけど。

2011/7/3