幕間第四十五巻
〜幕を通す〜







 触れたくてどうしようもなかったと、薬売りさんは言った。


 そうして、優しく抱きしめてくれた。


 他の誰でもない、私を―。





 それは、私が求めていたもの。

 私でいい理由。






 背中から吹きぬけた風は、そのまま、前を行く薬売りさんに向かった。

 行李の下の潤朱の帯が、青の袂が、色素のない髪が揺れていった。

 風が吹き過ぎると、薬売りさんはゆっくりと振り返った。

 私は、その全てを見つめていた。


「どうか、しましたか」

 低い声が、独特の口調を紡ぐ。

 私は、ただ“なんでもない”と首を振った。



 薬売りさんこそ、どうして立ち止まったのか。

 私は、呼んでない。

 後姿を追いかけているだけでも、充分幸せなのだ。

 切り離される事がないと分かった今では。





 薬売りさんは、ふ、と笑った。

 口角を上げる、いつもの笑みで。



 そうして、右手を挙げた。

 私に向かって、差し伸べるように。



 “おいで”ということ?



 驚いた私の顔を見て、薬売りさんは僅かに頷いた。




 それで、私は歩き出した。


 差し出された薬売りさんの手に、自分の手を重ねる。


 満足そうな顔で、薬売りさんは笑っていた。


 こんなに優しく笑う人だっただろうか。




 その笑顔に見惚れていた。




 繋いだ手をそのままに、何故かそのまま見詰め合ってしまった。




 やがて薬売りさんは呟いた。



「貴女も存外、物好きな人だ」




 クスリと笑って、歩き出した。



 手を引かれて、私も歩き出す。





「それは、薬売りさん“も”ってことですよね?」





 そう答えると、薬売りさんは深く瞬きをして肯定した。

















「物好き同士、ちょうどいい」















 穏やかな風が、二人を撫でていった―。





















-END-












2011/11/27