触れたくてどうしようもなかったと、薬売りさんは言った。
そうして、優しく抱きしめてくれた。
他の誰でもない、私を―。
それは、私が求めていたもの。
私でいい理由。
背中から吹きぬけた風は、そのまま、前を行く薬売りさんに向かった。
行李の下の潤朱の帯が、青の袂が、色素のない髪が揺れていった。
風が吹き過ぎると、薬売りさんはゆっくりと振り返った。
私は、その全てを見つめていた。
「どうか、しましたか」
低い声が、独特の口調を紡ぐ。
私は、ただ“なんでもない”と首を振った。
薬売りさんこそ、どうして立ち止まったのか。
私は、呼んでない。
後姿を追いかけているだけでも、充分幸せなのだ。
切り離される事がないと分かった今では。
薬売りさんは、ふ、と笑った。
口角を上げる、いつもの笑みで。
そうして、右手を挙げた。
私に向かって、差し伸べるように。
“おいで”ということ?
驚いた私の顔を見て、薬売りさんは僅かに頷いた。
それで、私は歩き出した。
差し出された薬売りさんの手に、自分の手を重ねる。
満足そうな顔で、薬売りさんは笑っていた。
こんなに優しく笑う人だっただろうか。
その笑顔に見惚れていた。
繋いだ手をそのままに、何故かそのまま見詰め合ってしまった。
やがて薬売りさんは呟いた。
「貴女も存外、物好きな人だ」
クスリと笑って、歩き出した。
手を引かれて、私も歩き出す。
「それは、薬売りさん“も”ってことですよね?」
そう答えると、薬売りさんは深く瞬きをして肯定した。
「物好き同士、ちょうどいい」
穏やかな風が、二人を撫でていった―。
-END-
2011/11/27