断崖に花を供え、は手を合わせた。
強い風が髪をさらって、彼の人が答えてくれたような気がした。
自分には慕っている人がいたと、姫は言っていた。
恥ずかしそうにするその姿は、年相応の少女に見えた。
最初に会った姫は、とても大人びていて、自分よりも年上ではないかと、は思ったほどだった。
けれど、姫はまだ十七だったという。
彼女は、深月という武家の一人娘だった。
大切に育てられて、幼い頃から教育係が付けられていた。
それが、二匹の犬、右近と左近の飼い主、吾妻莢矢と菖矢の双子の兄弟だった。
主従の関係でありながらとても仲が良く、三人伴って外出することが多かったという。
藍姫もさることながら、吾妻の兄弟も評判がよく、文武両道、眉目秀麗と周囲からの期待も大きかった。
何事もなければ、藍はどちらかを婿に取るのではないかとさえ、噂されていたほどだった。
すべて、深月の屋敷の近くに住んでいた人から聞いたことだ。
「姫様…みんな貴女の事を慕っていましたよ」
深月家はその家臣ともども殿山に討たれた。
けれど、その事実は殿山によって隠蔽され、賊が入ったとだけ伝えられた。
建てられた墓には、毎日のように花が供えられているという。
話を聞かせてくれた町医者も、近所の子供達を連れて月命日には花を供えに行くと言っていた。
姫は元気だろうかと呟いたその医者に、姫は亡くなったのだと伝えると、大層残念がって、涙を流して悔やんでいた。
自分は沢山助けてもらったのに、姫にも深月家にも何の恩返しも出来なかった。
せめてその死が病の為であったら、医者である自分を呼び寄せて欲しかったと。
「それでも貴女の居場所はなかったと言うんですか」
は、藍の後姿を思い浮かべながらそう呟いた。
「さん」
その背中に声が掛かる。
ちらりと後ろに目を遣ると、ゆっくりとした歩調で近付いてきた薬売りが横に並んだ。
「あまり、情を移しては、いけませんよ」
「わかってるつもりなんですけど…」
苦笑いで答えたは微かに鼻声だった。
「それが貴女の、長所であり、短所、なんでしょう」
だからには、モノノ怪の想いが入り込んでくる。
良くも悪くも、モノノ怪になってしまった人達の想いを受け入れてしまう。
「短所です、それは」
ポツリと呟いたに、薬売りは僅かに首を傾げた。
「姫様の選んだ道を理解できなくても、姫様自身はそれに満足してるって、痛いほど分かってしまうんですから」
哀しそうに微笑むは、今にも消えてしまいそうな、そんな風に見えた。
けれど、その視線はすぐに前を向いた。
断崖の、ずっと先の海を眺めて、潮風を大きく吸い込んだ。
「せめて姫様には、あの世…で…あの方達と幸せに暮らして欲しいです」
静かな、祈るような声は、吹きぬける風に攫われていった。
「貴女の願いは、きっと、届きますよ」
薬売りの言葉も、その後を追った。
-END-
すみません。
これでホントに終わりです…汗
2012/3/25
誤字修正
2012/4/1