薬売りさんは、私を守ってくれるって言った。
俺が甘やかしたいんだって言った。
それは、とても嬉しい言葉。
でも、それじゃダメだって思った。
旅の道中は一緒に居るけれど、町に着けば話は変わる。
薬売りさんは商売へ、私だって自分で仕事を探して働きに出る。
いつも薬売りさんがすぐ傍に居てくれるわけじゃない。
モノノ怪と対峙している時だって、背中ばかり見てる。
薬売りさんはその身を挺して私を庇ってくれる。
でも、その表情は次第に険しくなって、そんな姿を見てるのが辛くなる。
だから、自分の身は自分で守れるようになりたいって思った。
一人で旅をしてた事もあるし、“人”から身を守る事であればいくらか出来る。
でも、もし薬売りさんの居ない時に“モノノ怪”に出会ったら…。
私には、どうする事も出来ない。
声を聞くだけ。
それは、今も以前も変わらない。
それじゃ、ダメ。
モノノ怪からも、最低限自分の身くらい守れなきゃ。
そう思った。
でも、どうすればいいの?
私には薬売りさんみたいな力はないし。
神仏に仕えているわけでもなければ、陰陽師でもない。
敢えて一つ挙げるなら、繻雫がいること。
でも、頻繁に繻雫を呼んでいいとも思えない。
結局、何の力もないということ。
どうすればいいのか、思いつくわけでもなく…。
ただ何となく、薬売りさんから貰った札を取り出した。
幾重にも折られていたはずなのに、広げると皺一つなくピンと伸びる。
墨で描かれた模様は、何が書いてあるのかも分からない。
この札にどれほどの力が込められているのか、身をもって体験してる。
一枚で邪気退散、幾枚も並べばモノノ怪を遮断する。
身に着けていれば魔除け、そして心に余裕を与えてくれる。
多分薬売りさんが作っているものなんだと思う。
薬売りさんは、他にも天秤さんや退魔の剣を持ってる。
職業柄、色々な薬を使ってモノノ怪退治に役立ててる。
「私には、何もないからなぁ…」
札を眺めながら、溜め息をつく。
「何もない、ですか…」
「!????」
突然の声に、慌てて振り返る。
部屋の戸口に、行李を背負ったままの薬売りさんが立っていた。
「お、お帰りなさい」
「ただ今、戻りました」
薬売りさんは行李を下ろす。
「俺には、そうは思えませんがね」
「え?」
私の横に腰を下ろすと、薬売りさんは私を不思議そうに眺めた。
「あの狐が、力を与えているんですから」
「…でも」
「それに、貴女の声に、剣が反応した事もある」
「…」
「何かしら、あるのかもしれませんよ」
そう言いながら、手の甲で頬に触れてくる。
薬売りさんがそう言うのなら、そうなのかもしれない。
でも、自分では納得できない。
「薬売りさん」
「何ですか」
「私でも、何か身を守る術はありませんか」
「身を守る術、ですか」
「薬売りさんが言うように、もし“何か”あるなら、自分の身くらい自分で守れるようになりたいんです!」
薬売りさんは、驚いたのか目を瞬かせた。
「守られるのは、嫌だと」
「違います! 守ってもらえるのは、凄く嬉しいです。でも…」
それだけじゃ、ダメ。
「一人のときに、何も出来ないようじゃダメだと思うんです。それに―」
私は、薬売りさんの顔を見上げた。
薬売りさんは、もう一度目を瞬かせた。
必死な私に、余程驚いたんだと思う。
「出来るなら…私も、薬売りさんを守りたい…」
言ってから、何て科白を吐いたんだろうと後悔した。
薬売りさんが、たかが人間の小娘に守られるなんて…。
女が、男を守りたいなんて…。
薬売りさんの顔を見ていられなくて、視線を落とした。
「ごめんなさい…、守りたいなんて。自分の身も守れないくせに…」
でも、自分の身を守りたい。
薬売りさんも、守りたい。
それは、心から思ったこと。
「貴女という人は…」
その声に顔を上げる。
薬売りさんは額に手をあてて、やや俯いていた。
「どうして、こうも」
声が震えていることに気付く。
そんなに怒らせてしまった?
薬売りさんにふわりと抱き寄せられた。
一瞬、薬売りさんが笑っているように見えた。
「では、何か考えておきます」
-END-
2012/4/22