幕間第四十九巻
〜芽生え〜





 薬売りさんは、私を守ってくれるって言った。
 俺が甘やかしたいんだって言った。

 それは、とても嬉しい言葉。



 でも、それじゃダメだって思った。



 旅の道中は一緒に居るけれど、町に着けば話は変わる。
 薬売りさんは商売へ、私だって自分で仕事を探して働きに出る。
 いつも薬売りさんがすぐ傍に居てくれるわけじゃない。

 モノノ怪と対峙している時だって、背中ばかり見てる。
 薬売りさんはその身を挺して私を庇ってくれる。
 でも、その表情は次第に険しくなって、そんな姿を見てるのが辛くなる。

 だから、自分の身は自分で守れるようになりたいって思った。




 一人で旅をしてた事もあるし、“人”から身を守る事であればいくらか出来る。
 でも、もし薬売りさんの居ない時に“モノノ怪”に出会ったら…。

 私には、どうする事も出来ない。
 声を聞くだけ。


 それは、今も以前も変わらない。


 それじゃ、ダメ。


 モノノ怪からも、最低限自分の身くらい守れなきゃ。



 そう思った。






 でも、どうすればいいの?


 私には薬売りさんみたいな力はないし。
 神仏に仕えているわけでもなければ、陰陽師でもない。

 敢えて一つ挙げるなら、繻雫がいること。

 でも、頻繁に繻雫を呼んでいいとも思えない。


 結局、何の力もないということ。






 どうすればいいのか、思いつくわけでもなく…。


 ただ何となく、薬売りさんから貰った札を取り出した。
 幾重にも折られていたはずなのに、広げると皺一つなくピンと伸びる。
 墨で描かれた模様は、何が書いてあるのかも分からない。

 この札にどれほどの力が込められているのか、身をもって体験してる。
 一枚で邪気退散、幾枚も並べばモノノ怪を遮断する。
 身に着けていれば魔除け、そして心に余裕を与えてくれる。

 多分薬売りさんが作っているものなんだと思う。

 薬売りさんは、他にも天秤さんや退魔の剣を持ってる。
 職業柄、色々な薬を使ってモノノ怪退治に役立ててる。





「私には、何もないからなぁ…」



 札を眺めながら、溜め息をつく。



「何もない、ですか…」


「!????」


 突然の声に、慌てて振り返る。
 部屋の戸口に、行李を背負ったままの薬売りさんが立っていた。


「お、お帰りなさい」
「ただ今、戻りました」


 薬売りさんは行李を下ろす。


「俺には、そうは思えませんがね」
「え?」

 私の横に腰を下ろすと、薬売りさんは私を不思議そうに眺めた。

「あの狐が、力を与えているんですから」
「…でも」
「それに、貴女の声に、剣が反応した事もある」
「…」
「何かしら、あるのかもしれませんよ」

 そう言いながら、手の甲で頬に触れてくる。
 薬売りさんがそう言うのなら、そうなのかもしれない。
 でも、自分では納得できない。

「薬売りさん」
「何ですか」
「私でも、何か身を守る術はありませんか」
「身を守る術、ですか」
「薬売りさんが言うように、もし“何か”あるなら、自分の身くらい自分で守れるようになりたいんです!」

 薬売りさんは、驚いたのか目を瞬かせた。

「守られるのは、嫌だと」
「違います! 守ってもらえるのは、凄く嬉しいです。でも…」

 それだけじゃ、ダメ。

「一人のときに、何も出来ないようじゃダメだと思うんです。それに―」

 私は、薬売りさんの顔を見上げた。
 薬売りさんは、もう一度目を瞬かせた。
 必死な私に、余程驚いたんだと思う。


「出来るなら…私も、薬売りさんを守りたい…」


 言ってから、何て科白を吐いたんだろうと後悔した。

 薬売りさんが、たかが人間の小娘に守られるなんて…。
 女が、男を守りたいなんて…。


 薬売りさんの顔を見ていられなくて、視線を落とした。


「ごめんなさい…、守りたいなんて。自分の身も守れないくせに…」


 でも、自分の身を守りたい。
 薬売りさんも、守りたい。


 それは、心から思ったこと。


「貴女という人は…」


 その声に顔を上げる。
 薬売りさんは額に手をあてて、やや俯いていた。


「どうして、こうも」


 声が震えていることに気付く。
 そんなに怒らせてしまった?





 薬売りさんにふわりと抱き寄せられた。
 一瞬、薬売りさんが笑っているように見えた。













「では、何か考えておきます」





















-END-









2012/4/22