嬉しそうな顔をした娘が一人、往来を急いでいた。
徐々に日が短くなる季節。
お天道様はまだ空の高い所にある。
けれど、落ち始めたらすぐにいなくなってしまう。
嬉しそうに往来を行く娘といえば、仕事が早く終わり宿へ戻る所だ。
綺麗な長い髪を揺らして、弾むように駆けていく。
余程、嬉しいのだろう。
早く、彼の人に会えることが。
その娘は、周りからの視線を気にも留めず宿を目指した。
駆け出してから、その速さは変わらない。
徐々に息は上がっていたけれど、速度を緩める事はなかった。
けれど―。
その角を曲がれば宿、というところで、娘は急に立ち止まった。
そして、身を小さくして、曲がった先を窺った。
その視線の先には、妙な出で立ちの男と、小柄な街娘。
妖艶な笑みを湛えた男を、街娘がうっとりとした目で見つめていた。
何か、話している。
それまで晴れやかだった娘の顔が一転、どんよりと曇ってしまった。
物陰に隠れ、無表情に何処か遠くに視線を向けた。
何度か、深呼吸しているのが分かる。
そして最後に、胸に手をあてて吐けるだけの息を吐いた。
その横を、さっきの街娘が通り過ぎていった。
それに気付いて、娘はその街娘の後姿を暫くの間見つめていた。
表情は、何処か痛そうだった。
街娘が見えなくなって、娘は漸く歩き出した。
弾むように駆けるのではなく、ゆっくりとした足取りだった。
そうして宿の入口で、あの男と顔を合わせた。
それまでの表情がなかったことのように、はにかんだ笑みなる。
その男と居られることで、なかったことになってしまうのだろう。
そしてその娘はただ、こう言うのだ。
お帰りなさい。
お仕事はどうでしたか。
そして、男は何も知らずにこう答えるのだ。
ただ今戻りました。
上々、でしたよ。
何と言うことは無い会話。
けれど、男が娘に向ける微かな笑みは、先ほど街娘に向けていたものとは異なる。
娘は、それに気付いた。
漸く、というべきだろう。
目を丸くする娘に、男は問う。
どうか、しましたか。
我に返った娘は、答える。
いえ、何も。
だた…嬉しくて。
男は何かを察したのか、目を細めた。
そりゃあ、よかった。
-END-
名前変換なくてごめんなさい…。
2012/5/6