幕間第五十一巻
〜杞憂〜





 嬉しそうな顔をした娘が一人、往来を急いでいた。



 徐々に日が短くなる季節。
 お天道様はまだ空の高い所にある。
 けれど、落ち始めたらすぐにいなくなってしまう。




 嬉しそうに往来を行く娘といえば、仕事が早く終わり宿へ戻る所だ。
 綺麗な長い髪を揺らして、弾むように駆けていく。
 余程、嬉しいのだろう。

 早く、彼の人に会えることが。



 その娘は、周りからの視線を気にも留めず宿を目指した。
 駆け出してから、その速さは変わらない。
 徐々に息は上がっていたけれど、速度を緩める事はなかった。


 けれど―。




 その角を曲がれば宿、というところで、娘は急に立ち止まった。


 そして、身を小さくして、曲がった先を窺った。



 その視線の先には、妙な出で立ちの男と、小柄な街娘。
 妖艶な笑みを湛えた男を、街娘がうっとりとした目で見つめていた。
 何か、話している。


 それまで晴れやかだった娘の顔が一転、どんよりと曇ってしまった。
 物陰に隠れ、無表情に何処か遠くに視線を向けた。


 何度か、深呼吸しているのが分かる。


 そして最後に、胸に手をあてて吐けるだけの息を吐いた。






 その横を、さっきの街娘が通り過ぎていった。






 それに気付いて、娘はその街娘の後姿を暫くの間見つめていた。
 表情は、何処か痛そうだった。




 街娘が見えなくなって、娘は漸く歩き出した。




 弾むように駆けるのではなく、ゆっくりとした足取りだった。




 そうして宿の入口で、あの男と顔を合わせた。


 それまでの表情がなかったことのように、はにかんだ笑みなる。
 その男と居られることで、なかったことになってしまうのだろう。


 そしてその娘はただ、こう言うのだ。

 お帰りなさい。
 お仕事はどうでしたか。


 そして、男は何も知らずにこう答えるのだ。

 ただ今戻りました。
 上々、でしたよ。


 何と言うことは無い会話。
 けれど、男が娘に向ける微かな笑みは、先ほど街娘に向けていたものとは異なる。


 娘は、それに気付いた。
 漸く、というべきだろう。




 目を丸くする娘に、男は問う。


 どうか、しましたか。


 我に返った娘は、答える。


 いえ、何も。
 だた…嬉しくて。


 男は何かを察したのか、目を細めた。


 そりゃあ、よかった。

















-END-






名前変換なくてごめんなさい…。


2012/5/6