休憩をしようと、街道から逸れて、見晴らしのいい丘へと出た。
薬売りは行李を下ろして、自らも腰を下ろした。
眼下には田畑が広がり、刈り取られた稲穂が干してあるのが見える。
その向こうには、未だ緑深い山々が控えている。
薬売りの後姿とそれらの景色を視界に入れて、は大きく息を吸い込んだ。
乾いた、けれど澄んだ空気が肺を満たしていく。
「はぁっ」
それから一度に息を吐く。
「綺麗な景色ですね」
薬売りの背中に声をかけると、小さく「えぇ」と聞こえてきた。
暫くその景色を眺めていたは、視線に気付く。
背を向けていたはずの薬売りが、いつの間にかこちらを見ていた。
は首を傾げて言外に問う。
すると薬売りも何も言わずにただ手招きをした。
薬売りの下へと行くと、今度は草に覆われた地面を軽く叩いて示した。
座れと言っているのだ。
言われるがままに膝を折る。
草が茂っているお陰で、地面の堅さも気にならない。
目が合って、薬売りが笑っていることに気付く。
「え、あのっ…」
突然、薬売りが横になった。
それも、頭をの膝の上に乗せて。
所謂、膝枕。
「動かないで、くれませんか」
慌てるをそう嗜めて、薬売りはを見上げた。
「す、すみません」
は慣れない感覚に戸惑いながら、身体の動きを止めた。
けれど、脈は速くなる一方。
薬売りはそれを感じて目を細める。
「少しだけ、いいですか」
「…少しですからね」
そう言うと、景色を眺めるためなのか、に背を向けた。
途方に暮れる。
大好きな人から突然所望された膝枕。
嬉しいけれど、恥ずかしい。
くすぐったいけれど、動けない。
腿にかかる感じたことのない重みが、心地いい。
そして、どうしようもなく気になる。
薬売りの耳―。
…。
触ってしまいたい。
ぷにぷにっと。
そんな衝動に駆られる。
頭を撫でたら触れてしまった、とか。
単に頭に手を乗せたら、とか。
の頭の中で、考えが巡って行く。
ずっと気になっている薬売りの耳。
一度、薬売りから触らせてもらった。
けれど、それきり。
自ら触れたことはない。
こういう関係になったのだから、触れてもいいのだろうか。
薬売りは気を悪くしないだろうか。
“こういう関係ってどういう関係よ”という所での思考は止まった。
苦し紛れに手拭いの先をくるくると指で弄ぶ。
それで気を紛らわせた。
「何を、遊んでいるんですか。くすぐったい」
それが、首にでもあたったのだろう。
薬売りが僅かに顔を上げる。
「…くすぐったいのは私も同じです」
少し不貞腐れたように答える。
「まぁ、俺は、一向に構わないんですがね…」
小さな声で、薬売りが呟いた。
「? 何か言いました?」
「いいえ、何も」
俺も意地が悪いから。
何も言わずに待っているんですよ。
“おおごと”になるのを。
貴女の中の、俺への興味が。
特に、耳、ですがね。
-END-
膝枕ネタと見せかけて、まさかの耳ネタ。
いつまでたってもヒロインは踏み出せないようです…
書いている本人もそろそろじれったくなってきた。
2012/5/13