幕間第五十二巻
〜気になるんです〜





 休憩をしようと、街道から逸れて、見晴らしのいい丘へと出た。

 薬売りは行李を下ろして、自らも腰を下ろした。
 眼下には田畑が広がり、刈り取られた稲穂が干してあるのが見える。
 その向こうには、未だ緑深い山々が控えている。

 薬売りの後姿とそれらの景色を視界に入れて、は大きく息を吸い込んだ。
 乾いた、けれど澄んだ空気が肺を満たしていく。

「はぁっ」

 それから一度に息を吐く。

「綺麗な景色ですね」

 薬売りの背中に声をかけると、小さく「えぇ」と聞こえてきた。



 暫くその景色を眺めていたは、視線に気付く。
 背を向けていたはずの薬売りが、いつの間にかこちらを見ていた。
 は首を傾げて言外に問う。
 すると薬売りも何も言わずにただ手招きをした。

 薬売りの下へと行くと、今度は草に覆われた地面を軽く叩いて示した。
 座れと言っているのだ。
 言われるがままに膝を折る。
 草が茂っているお陰で、地面の堅さも気にならない。

 目が合って、薬売りが笑っていることに気付く。


「え、あのっ…」


 突然、薬売りが横になった。



 それも、頭をの膝の上に乗せて。



 所謂、膝枕。



「動かないで、くれませんか」


 慌てるをそう嗜めて、薬売りはを見上げた。


「す、すみません」


 は慣れない感覚に戸惑いながら、身体の動きを止めた。
 けれど、脈は速くなる一方。
 薬売りはそれを感じて目を細める。


「少しだけ、いいですか」
「…少しですからね」


 そう言うと、景色を眺めるためなのか、に背を向けた。



 途方に暮れる



 大好きな人から突然所望された膝枕。


 嬉しいけれど、恥ずかしい。
 くすぐったいけれど、動けない。
 腿にかかる感じたことのない重みが、心地いい。




 そして、どうしようもなく気になる。




 薬売りの耳―。




 …。




 触ってしまいたい。
 ぷにぷにっと。


 そんな衝動に駆られる。


 頭を撫でたら触れてしまった、とか。
 単に頭に手を乗せたら、とか。


 の頭の中で、考えが巡って行く。



 ずっと気になっている薬売りの耳。
 一度、薬売りから触らせてもらった。

 けれど、それきり。

 自ら触れたことはない。



 こういう関係になったのだから、触れてもいいのだろうか。



 薬売りは気を悪くしないだろうか。



 “こういう関係ってどういう関係よ”という所での思考は止まった。



 苦し紛れに手拭いの先をくるくると指で弄ぶ。
 それで気を紛らわせた。

「何を、遊んでいるんですか。くすぐったい」

 それが、首にでもあたったのだろう。
 薬売りが僅かに顔を上げる。

「…くすぐったいのは私も同じです」

 少し不貞腐れたように答える。





「まぁ、俺は、一向に構わないんですがね…」




 小さな声で、薬売りが呟いた。



「? 何か言いました?」

「いいえ、何も」















 俺も意地が悪いから。

 何も言わずに待っているんですよ。

 “おおごと”になるのを。

 貴女の中の、俺への興味が。





 特に、耳、ですがね。
















-END-







膝枕ネタと見せかけて、まさかの耳ネタ。
いつまでたってもヒロインは踏み出せないようです…


書いている本人もそろそろじれったくなってきた。


2012/5/13