幕間第五十三巻
〜ばか・九〜




 その町を離れる日。
 宿を出た薬売りとは、あの路地へと足を運んだ。

 お地蔵様の脇には、花も草もなかった。
 カラカラと風車が音を立てて、花がないだけで随分と寂しげな空間になってしまった。

 は持っていた花を、そこへ供えた。
 そして、二人して手を合わせた。



「あ…」



 暫くそうしていると、足音がして、それから声が聞こえた。



 振り返ると、そこには紗菜が立っていた。
 手には、花を持っている。

 無言のままその場を空けると、紗菜は軽く頭を下げて、そこへ花を供えた。
 そして、同じように手を合わせた。


 それを終えてから、紗菜は二人に向き直った。


「発つんですか?」
「はい」
「そうですか…。色々、お世話になりました」
「いえ、私たちは何も」


 謙遜するに、紗菜は首を振った。


「ずっと、引っかかっていたの。荘太に何も言わずにお嫁にいくことを。ここで何度手を合わせても、返事が返ってくるわけじゃない。だから迷ってた」


 やはり、寂しそうだ。
 は、薬売りにどうしようかと問いかけるような視線を送った。
 けれど、薬売りは無言のまま。

「でも、荘太にちゃんと伝える事が出来て、決心がついたわ。会わせてくれて、ありがとう」


 そう言い切った紗菜は、晴れ晴れと輝いた笑顔を見せた。


「荘太のことは今でも好きだけど、あの人は、それを分かってくれた。毎日は無理だけど、月命日には此処に来る事を許してくれたの」


「よかった、ですね」


 薬売りの言葉に、紗菜は力強く頷いた。


「本当にありがとう。それじゃあ、道中、お気をつけて」


 そう言って紗菜は笑顔で見送ってくれた。
 そんな紗菜を見て、は、これでいいのだと思った。


 二人を二人の思うまま引き合わせて、そして別れさせた。
 二人の望んだ形だったかもしれない。
 けれど、はやはり哀しかった。
 想いあっていた二人を、結局は離れ離れにしてしまったのだ。
 罪悪感がなかったといえば、嘘になる。



 けれど、荘太も紗菜も、最後は笑顔をくれた。
 それが、全てを物語っている。

「人には、それぞれ形がありますよ」


「え?」


 の心を見透かしたように、薬売りが言った。


「幸せの形、てぇものが」


「幸せの形…」


「これまで、いくつも見てきたじゃあ、ないですか。…あの二人のような形も、あるんですよ」


 横目でを見る薬売りの目は、穏やかだった。


「それは、さんが思っている形とは違うし、もちろん、俺達の形とも、違う」


 だから、二人はこれでよかったのだ。


「…はい」




 じんわりと目頭が熱くなっていくのを感じながら、それでもは笑顔を見せた。







 薬売りは、荘太が紗菜にしてやったように、の頭にぽん、と手を乗せた。



 は、その掌の温かさをしっかりと噛み締めた。


















-END-









漸く終わりです。
長い幕間でした。


2012/7/22