その町を離れる日。
宿を出た薬売りとは、あの路地へと足を運んだ。
お地蔵様の脇には、花も草もなかった。
カラカラと風車が音を立てて、花がないだけで随分と寂しげな空間になってしまった。
は持っていた花を、そこへ供えた。
そして、二人して手を合わせた。
「あ…」
暫くそうしていると、足音がして、それから声が聞こえた。
振り返ると、そこには紗菜が立っていた。
手には、花を持っている。
無言のままその場を空けると、紗菜は軽く頭を下げて、そこへ花を供えた。
そして、同じように手を合わせた。
それを終えてから、紗菜は二人に向き直った。
「発つんですか?」
「はい」
「そうですか…。色々、お世話になりました」
「いえ、私たちは何も」
謙遜するに、紗菜は首を振った。
「ずっと、引っかかっていたの。荘太に何も言わずにお嫁にいくことを。ここで何度手を合わせても、返事が返ってくるわけじゃない。だから迷ってた」
やはり、寂しそうだ。
は、薬売りにどうしようかと問いかけるような視線を送った。
けれど、薬売りは無言のまま。
「でも、荘太にちゃんと伝える事が出来て、決心がついたわ。会わせてくれて、ありがとう」
そう言い切った紗菜は、晴れ晴れと輝いた笑顔を見せた。
「荘太のことは今でも好きだけど、あの人は、それを分かってくれた。毎日は無理だけど、月命日には此処に来る事を許してくれたの」
「よかった、ですね」
薬売りの言葉に、紗菜は力強く頷いた。
「本当にありがとう。それじゃあ、道中、お気をつけて」
そう言って紗菜は笑顔で見送ってくれた。
そんな紗菜を見て、は、これでいいのだと思った。
二人を二人の思うまま引き合わせて、そして別れさせた。
二人の望んだ形だったかもしれない。
けれど、はやはり哀しかった。
想いあっていた二人を、結局は離れ離れにしてしまったのだ。
罪悪感がなかったといえば、嘘になる。
けれど、荘太も紗菜も、最後は笑顔をくれた。
それが、全てを物語っている。
「人には、それぞれ形がありますよ」
「え?」
の心を見透かしたように、薬売りが言った。
「幸せの形、てぇものが」
「幸せの形…」
「これまで、いくつも見てきたじゃあ、ないですか。…あの二人のような形も、あるんですよ」
横目でを見る薬売りの目は、穏やかだった。
「それは、さんが思っている形とは違うし、もちろん、俺達の形とも、違う」
だから、二人はこれでよかったのだ。
「…はい」
じんわりと目頭が熱くなっていくのを感じながら、それでもは笑顔を見せた。
薬売りは、荘太が紗菜にしてやったように、の頭にぽん、と手を乗せた。
は、その掌の温かさをしっかりと噛み締めた。
-END-
漸く終わりです。
長い幕間でした。
2012/7/22