旅の途中、茶屋が目に付く事がある。
疲れたとか、休みたいとはあまり思わないのだけれど、ちょっとだけお団子が食べたいな、なんて思うことは、たまにある。
薬売りさんに気付かれないように、近付いてくる茶屋を盗み見る。
表にお品書きがあると、つい確認したくなる。
数があるわけじゃないけれど、お茶請けの種類だとか。
「茶屋、ですね」
「え? あ、そうですね」
薬売りさんに話を振られても、今気付いたフリをしてしまう。
「少し、休んでいきましょうか」
「…えっと、今日中にここを越えなきゃいけないんですよね?」
寄りたいのは山々だけれど、日が暮れる前に次の宿場に着かなくちゃいけない。
さっき通った関所で随分と時間を取られて、予定より遅れているはず。
「少しくらい、大丈夫、ですよ」
「でも…」
「お団子、食べませんか」
「…っ」
薬売りさんは目を細めて、ちょっと怖い笑顔を浮かべている。
これは確実に“食べたいんでしょう?”と言っている顔だ。
「…いいんですか?」
「だから、いいんですよ」
「じゃあ…。お団子、食べたいです」
そう答えると、満足したのか今度は口角を上げてくれた。
「貴女は、変なところで気を遣いますね」
「はひ?」
弾力のある団子を頬張っている最中、薬売りさんが唐突に言った。
思わず声を出したら、変な言葉になってしまった。
薬売りさんはクツクツといつもの笑い方をしてから、お茶をすすった。
「寄りたいのだったら、そう言えば、いいじゃあないですか」
「だって、次の宿場までまだありますから…。それに、薬売りさんは寄りたくないかもって」
「だから、変なところで気を遣うと、言っているんですよ。俺が寄りたいかどうかは、まず、聞いてもらわなけりゃあ、答えられません」
「それは…そうですけど」
「モノノ怪が絡むと、途端に突っ走るクセに」
「つ、突っ走るって…」
団子を片手に不満そうな顔をしても、説得力も威圧感もないことは分かっているけれど…。
「一人でモノノ怪の後を追うだとか、モノノ怪の真横を通り抜けるだとか。無鉄砲にもほどがあります」
言われてみると、思い当たってしまう。
確かに突っ走っているかもしれない…。
「俺がどれほど肝を冷やすかなんてぇ、考えもしないんでしょう」
「…それは…本当にすみません…」
でも、私が無鉄砲な事をしたからって、薬売りさんが動揺するようには見えないんですけど。
内心そう思ってしまう。
「けれど、それも全て、貴女が、自分のことより人のことを、真っ先に考えてしまうから、なんでしょうね」
薬売りさんは何か憂えるような視線で、遠くを見ていた。
何だか恥ずかしくなって、私は湯呑みを手に取った。
「そんな大層なものじゃないんです。モノノ怪を前にすると、ただ、想いを聞いて助けてあげたいって思ってしまうだけで。余計なお世話ですよね」
小さく笑っておどけてみせる。
「それが、性分、なんでしょうね」
「性分…」
これは褒められているのか、ちょっと分からない。
でも、何だか認めてもらったみたいで、嬉しくなった。
「薬売りさん」
「はい」
「みたらし、美味しいですよ。お一つどうですか?」
「ほぅ、いただいてみますか。…それじゃあ…」
「?」
「俺の粒餡も、どうぞ」
「本当ですか? あ、でも折角薬売りさんが食べたくて頼んだのに…」
「ほぅら」
「え」
「性分」
「あ…」
「他人の事を考えるのもいいんですがね、たまには何も考えず、素直になったほうがいいと、思いますよ」
「…はい。いただきます」
薬売りさんは目を細めると、団子が四つ刺さっていたうちの上一つだけ食べた串を差し出してきた。
「…あの…?」
戸惑うと言うか、もう、焦りに近い。
薬売りさんは黙ったまま。
「えっと」
団子を差し出したまま動かない薬売りさん。
その視線はじっとこちらに向けられている。
顔が熱くなっていくのが分かる。
なんだか色んなことに思い当たってしまって、何を要求されているのか分かっているのに、行動に移せない。
公衆の面前だし。
薬売りさんに食べさせてもらう訳だし。
それに…っ。
薬売りさんが食べたあと…って。
逡巡している間も、薬売りさんはそのまま。
腕、疲れませんか?
チラリと薬売りさんに視線を合わせると、小さく頷かれた。
「いただきます…」
パクリと、上から二つ目の団子を頬張った。
「これも、性分、ですかねぇ」
薬売りさんはぼやくように言って、躊躇いもせずに三つ目の団子を食べた。
「いや、慣れの問題、かもしれませんねぇ」
そう言ってから、薬売りさんは、串を握る私の手を優しく掴んだ。
-END-
…慣れさせるつもりらしい…
さて、退治話との繋がりなんて関係なく、幕間のターンです。
次の退治話までお付き合いください。
2013/2/24