結局、何軒か口利き屋を回ったけれど、仕事は見つからなくて日が暮れ始めた。
そんな日もある、と言い聞かせて、宿に帰ろうと踵を返した。
薬売りさんを迎えに行こう。
ふと、そんなことを思いついた。
今日は船着場界隈を歩いてみると言っていたから、其方に向かってみよう。
薬売りさんに、謝らなきゃいけないかな。
自分がどんな顔で加代さんを見ていたか。
加代さんは二度もモノノ怪に遭って大変な思いをしたのに、そんな彼女に“嫉妬”を向けるなんて。
心配かけたかもしれないし、嫌な気分になったかもしれない。
「わぁ…」
街中を抜けて船着場までやってくると、沈みかけた太陽が水面を真っ赤に染めていた。
それに目を奪われて、桟橋まで引き寄せられるように歩いた。
川が海に注ぎこむこの地域は海運業が発達していて、廻船問屋が軒を連ねている。
沢山の人が働いているはずなのに、私の周りには人が見当たらず、一人だけ違う世界にいるような気分になった。
「さん」
そこに、聞きなれた声がかけられた。
振り向くと、少し不満そうな顔をした薬売りさんが夕日に赤く照らされていた。
「どうしたんですか、こんな所で」
「お迎えに来ました」
「その割りに、真っ先に、景色に夢中になりましたね」
「…それは、綺麗だったから仕方ありません…」
罰の悪い顔をして、それから薬売りさんに一歩近付いた。
「あの、すみませんでした」
「…? 何を、謝るんで」
「いえ、私が謝りたかっただけなので、理由は聞かないで下さい」
まさか、加代さんに嫉妬したことを、なんて言えるわけがない。
「…それじゃあ、言葉だけ受け取っておきますよ」
「そうしてもらえると有り難いです」
追求されなかったことに、ホッとした。
「安心、しました」
「え?」
「いつもの、さんだ」
薬売りさんは小さく穏やかな笑みを浮かべた。
多分、私にしか分からないくらいの変化だけど。
「俺と加代さんのことを、気にしていたんでしょう」
「そ、そんなことっ」
自分でも気付かなかった事を、どうして薬売りさんが分かるんですか!
「見たことのない顔を、していましたからね」
「…お見通しですか…」
そっか。
加代さんだって分かってた。
気付かなかったのは私だけですか…。
「俺はね、さん」
「はい…」
「“どんな関係ですか”と聞かれれば、“何の関係もない”と答えるつもり、でしたよ。ただモノノ怪を斬ったときに居た娘だ、と。でも、貴女は、そうは聞かなかった」
「だったらそう言ってくれてもいいじゃないですか」
ただの屁理屈にしか聞こえなくて、私は口を尖らせていた。
「…それじゃあ、言いましょう」
「!?」
目を細めた薬売りさんは、突然距離を詰めて屈んで来た。
薬売りさんの顔が近付いてきて、思わず目を瞑った。
何をされるのかと、身体に力が入る。
すると、耳元に気配を感じた。
小さな囁きと、微かな吐息。
全神経が耳元に集まったように熱くなった。
そしてそこから、熱が全身へと伝わっていく。
「…くすりうりさん…」
身動き一つとれず、姿勢を戻した薬売りさんを見つめる事しか出来なかった。
薬売りさんは、口角を上げていた。
欲しい言葉とは少し違うけれど、それでも薬売りさんの言葉は強力で。
ただ放心していた。
「ほぅら、帰りますよ。迎えに来てくれたんじゃあ、ないんで」
そんな私の手をとって、薬売りさんが言った。
それで漸く頭が動きだした。
「そ、そうですよっ。迎えに来たんです! 帰りましょう!」
私は薬売りさんの手を引っ張って、足早に歩き出した。
火照った頬に、冷たい風が心地よかった。
―俺には、貴女だけ、ですよ。
-END-
2013/5/26