「いた〜! 薬売りさ〜ん!」
何箇所が人の集まりそうな場所を回ってから、船着場に向かった。
廻船問屋が多いから、ここも人が多く集まる。
商売をするにはもってこいの場所。
だたし、煩く言う奴もいるから、ちゃんと申請しないとダメだけど。
大きく手を振ったアタシを、薬売りさんは、おや、という顔で見た。
薬売りさんはちょうどお客を帰した後みたいで、ひと段落したらしい。
「どうか、したんですかい」
「どうもこうもないですよ〜」
暢気な声で答えるもんだから、ちょっとイラっとした。
だって、あの子―さんの気持ちを思うと、どうしても薬売りさんが酷い男に思えて…。
女の方から想いを告げさせたくせに、自分からは好きって言ってあげてないなんて。
「薬売りさんって、釣った魚に餌あげない人だったんですねぇ」
嫌味に聞こえろ、と半目で睨んでやった。
「何ですか、いきなり」
「さん、不安がってますよぉ」
「何故、さんが出て来るんで」
「さっき偶然会ったんです〜。女同士だし、年の頃も近いみたいだし、ちょっと話したんですよ」
「話、ですか」
「そうです! あんなに優しくて健気で、それでいて可愛〜いさんをものにしておいて、恋人らしい言葉、かけてあげてないんですか〜!?」
何の話をしたんだか…ってぼやいて、薬売りさんは溜め息を吐いた。
「な、何で溜め息!?」
「さんからどう聞いたかは、知りませんが…。俺は、俺の出来うる限りのことで、彼女への気持ちを、表しているつもり、ですがね」
「ぐはっ!!」
「何て声ですか…」
何それ、何それ〜!!
何でそんな恥ずかしい科白をサラッと言えるんですか〜!!!
しかも表情一つ変えずに!!
さんの一体何が、薬売りさんをこんないじらしい男に変えたのよ〜!
…ん?
ちょっと待って。
表してる?
「薬売りさん」
「はい」
「それって、行動で、ってことですよね」
薬売りさんは無言のまま少し考える素振りをした。
「女はね、言葉もほしいものなんですよ。それが、餌なんですよ」
アタシが真面目な顔で言うと、薬売りさんの空気も何となく真剣なものになった。
「それもそう、ですね」
納得したのか、何なのか、薬売りさんは小さく頷いてくれた。
「…なんか、薬売りさんの印象がガラリと変わりました」
「そう、ですか」
「勝手な印象ですけど、花街で女遊びして後腐れなく別れて、町を転転として、一人の人を大事にするって感じじゃなかったですよ?」
「まぁ、そんな事をしていた頃も、ありましたよ」
「えぇぇぇ、そうなんですか〜!?」
薬売りさんは何でもないって顔をしたけど、こんな話、さんには聞かせられない!
「その話、さんにはしないで下さいよ〜」
「多分、さんも、昔の俺を、そんな男だと思っていますよ」
「えぇ!?」
どうしてそんな事に!?
まぁ、“色んな事があった”と思っておけばいいってことよね。
それも乗り越えて、今、二人がこうなってる。
「きっと、さんだから、なんですよねぇ?」
「さんだから、何ですか」
「薬売りさんの心境の変化ですよ」
はぁ、っと肩の力を抜いて、薬売りさんに笑ってあげた。
薬売りさんは、何を言うでもなく、口角だけ上げた。
それは、アタシも見たことのある妖艶な笑みだった。
「ちゃんと、言ってあげてくさいよ〜」
「はい、はい」
薬売りさんは半ば呆れ気味に、それでもちゃんと返事をしてくれた。
これでどうにかなった?
さん、どうか今後の薬売りさんに期待してて!!
END
2013/6/16