幕間第五十八巻
〜加代・加代の回・弐〜





「いた〜! 薬売りさ〜ん!」



 何箇所が人の集まりそうな場所を回ってから、船着場に向かった。
 廻船問屋が多いから、ここも人が多く集まる。
 商売をするにはもってこいの場所。
 だたし、煩く言う奴もいるから、ちゃんと申請しないとダメだけど。

 大きく手を振ったアタシを、薬売りさんは、おや、という顔で見た。
 薬売りさんはちょうどお客を帰した後みたいで、ひと段落したらしい。

「どうか、したんですかい」

「どうもこうもないですよ〜」

 暢気な声で答えるもんだから、ちょっとイラっとした。
 だって、あの子―さんの気持ちを思うと、どうしても薬売りさんが酷い男に思えて…。

 女の方から想いを告げさせたくせに、自分からは好きって言ってあげてないなんて。



「薬売りさんって、釣った魚に餌あげない人だったんですねぇ」


 嫌味に聞こえろ、と半目で睨んでやった。


「何ですか、いきなり」
さん、不安がってますよぉ」
「何故、さんが出て来るんで」
「さっき偶然会ったんです〜。女同士だし、年の頃も近いみたいだし、ちょっと話したんですよ」
「話、ですか」
「そうです! あんなに優しくて健気で、それでいて可愛〜いさんをものにしておいて、恋人らしい言葉、かけてあげてないんですか〜!?」


 何の話をしたんだか…ってぼやいて、薬売りさんは溜め息を吐いた。


「な、何で溜め息!?」

さんからどう聞いたかは、知りませんが…。俺は、俺の出来うる限りのことで、彼女への気持ちを、表しているつもり、ですがね」

「ぐはっ!!」

「何て声ですか…」



 何それ、何それ〜!!
 何でそんな恥ずかしい科白をサラッと言えるんですか〜!!!
 しかも表情一つ変えずに!!

 さんの一体何が、薬売りさんをこんないじらしい男に変えたのよ〜!



 …ん?



 ちょっと待って。



 表してる?



「薬売りさん」

「はい」

「それって、行動で、ってことですよね」


 薬売りさんは無言のまま少し考える素振りをした。




「女はね、言葉もほしいものなんですよ。それが、餌なんですよ」




 アタシが真面目な顔で言うと、薬売りさんの空気も何となく真剣なものになった。







「それもそう、ですね」







 納得したのか、何なのか、薬売りさんは小さく頷いてくれた。







「…なんか、薬売りさんの印象がガラリと変わりました」

「そう、ですか」

「勝手な印象ですけど、花街で女遊びして後腐れなく別れて、町を転転として、一人の人を大事にするって感じじゃなかったですよ?」

「まぁ、そんな事をしていた頃も、ありましたよ」

「えぇぇぇ、そうなんですか〜!?」

 薬売りさんは何でもないって顔をしたけど、こんな話、さんには聞かせられない!

「その話、さんにはしないで下さいよ〜」

「多分、さんも、昔の俺を、そんな男だと思っていますよ」

「えぇ!?」


 どうしてそんな事に!?
 まぁ、“色んな事があった”と思っておけばいいってことよね。
 それも乗り越えて、今、二人がこうなってる。




「きっと、さんだから、なんですよねぇ?」

さんだから、何ですか」

「薬売りさんの心境の変化ですよ」



 はぁ、っと肩の力を抜いて、薬売りさんに笑ってあげた。




 薬売りさんは、何を言うでもなく、口角だけ上げた。



 それは、アタシも見たことのある妖艶な笑みだった。





「ちゃんと、言ってあげてくさいよ〜」



「はい、はい」





 薬売りさんは半ば呆れ気味に、それでもちゃんと返事をしてくれた。










 これでどうにかなった?


 さん、どうか今後の薬売りさんに期待してて!!
















END



2013/6/16