幕間第六十三巻
〜弟子入り・弐〜







 俺の、人生なのに。



 くそ。
 すげぇ悔しい。



「どうにかしようと、思ったことは」

「だから、今こうやってあんたに頼んでるんじゃねぇか」

「それが、人にものを頼む態度、ですかね。…まぁ、それはさておき」


 薬売りは困った顔をしてる女を見た。


「どうしますか、さん」

「え、私に聞かれても…」


 そうだ、なんでそいつに聞くんだ。


「いえね、貴女も、随分色々な所で、働いているじゃあないですか」

「そうですけど…」

「貴女がいいと言うなら、弟子にしなくも、ないですが」

 女次第なのかよ!?

「え…、そんな、答え辛いじゃないですか」

 嫌なんだな!?
 更に困った顔で、女が俺を見てきた。

「一つ、聞いてもいいかな?」

「な、何だよっ」

「あなたは、自分に与えられた仕事に、一生懸命になったことはある?」

「え?」

「ご奉公する所の為に、て思ってる? お店ならそのお店に来るお客さん。お屋敷ならそこに住んでる人。その人達の為になるよう努めてる?」

「な、何でそんなこと」

「自分の仕事と真摯に向き合えない人を、誰も認めてはくれないと思うの」

 何だよ、この女。

「分かった口利くなよ…」

 何も知らないくせに。


「これでも、分かってるつもりだよ」


 さっきまで宥めるような口調だったのに、急に語気が強くなった。


さんも、小さい頃から、働いていましたからね」

「え…」

「母さんが生きてた頃は、二人で生きていくために。母さんが死んでからは、一人で生きるために、旅をするために、沢山働いたよ」

 何だよ、こいつ。

「いつだって、どんな仕事だって、私なりに真面目にやってきたつもり」

 あの薬売りの視線、何だよ。




「逃げたら、負けだよ」




 くそ。
 薬売りにくっついて来てるだけのクセに。
 説教かよ…。

 腹立つ。

 腹立つけど、でも…その通りだよ。

 ここは俺が居るべき場所じゃないって思って、逃げてたんだ。

 俺にはもっと広い世界があるって。


 居場所がないのは、俺自身のせいなんだ。





「坊。悔しいなら、向き合う事、ですよ」


「…」


 声が出ない。


 頷くしか出来ない。


「向き合って、向き合って、それでもダメな時は、少しは考えましょう」

「その頃には、もう何処にいるか分かんねぇだろ」

「そう、ですね」

 変な笑い方しやがって。

「頑張ろうね」

 女が俺に目線を合わせて笑いかけてきた。

 この人。
 優しい人なんだな。

 それに、綺麗な人だ。

「あんたも、一人で頑張ったのか?」

だよ。…一人と言えば一人だったけど、でも、色んな人が助けてくれた。それに、今は薬売りさんがいるから、独りじゃない」

 頑張ったご褒美かな、って小さい声で言った。

「きっといつか、一緒に笑ってくれる人が現れるよ」

さん…」

 何だか、優しく包み込んでくれるような笑顔だ。

「あ、違うね。私達もう一緒に笑えるでしょ?」

 今度は、に、と悪戯っぽく笑ってくれた。
 俺は、どうしようもなくて、涙を堪えるのに精一杯だった。

「ほら」

 きっと俺、変な顔だ。
 上手く笑えてない。

 でも、その人は、うんうんって頷いてくれた。


さん」

 薬売りの声がした。
 なんだ、まだ居たのか。
 すっかり忘れてた。


 さんは立ち上がると、薬売りの方を向いてしまった。

「弟子が増えなくて安心しました?」
「だから、貴女は弟子じゃあないでしょう」
「半分は弟子です」

 じゃあ、もう半分は何なんだ?

 俺の視線に気付いたのか、二人は俺に視線をくれる。

「坊、まずはきちんと、自分の仕事を、することですよ」
「…お、おう」
「大丈夫だよ」
「おう」

 じゃあ、って言って、二人は俺に背を向けた。

 その後姿を、俺はただ見つめてた。



 数歩歩いた所で、薬売りが戻ってきた。
 さんは、不思議そうにしながら待っている。

 俺の目の前まで来た薬売りは、思いっきり俺を見下ろして言った。

「坊、一つ、言っておきますが」

「な、何だよ」

さんは、弟子じゃあありませんよ。半分もね」

「弟子じゃなかったら何だってんだよ。何で一緒にいるんだよ」



 俺のことは鬱陶しがったくせに。

 思いっきり不満な顔をしてやると、薬売りは妖しい笑い方をした。
 口角が上がって、目を細めた。


 そうして、静かに片膝を着くと、囁くように言った。







 ―――俺の嫁になる人、ですよ。








 …俺みたいなガキに、そんなこと言わなくていいっつの。



















END












もう決めているらしい…

2014/1/26