俺の、人生なのに。
くそ。
すげぇ悔しい。
「どうにかしようと、思ったことは」
「だから、今こうやってあんたに頼んでるんじゃねぇか」
「それが、人にものを頼む態度、ですかね。…まぁ、それはさておき」
薬売りは困った顔をしてる女を見た。
「どうしますか、さん」
「え、私に聞かれても…」
そうだ、なんでそいつに聞くんだ。
「いえね、貴女も、随分色々な所で、働いているじゃあないですか」
「そうですけど…」
「貴女がいいと言うなら、弟子にしなくも、ないですが」
女次第なのかよ!?
「え…、そんな、答え辛いじゃないですか」
嫌なんだな!?
更に困った顔で、女が俺を見てきた。
「一つ、聞いてもいいかな?」
「な、何だよっ」
「あなたは、自分に与えられた仕事に、一生懸命になったことはある?」
「え?」
「ご奉公する所の為に、て思ってる? お店ならそのお店に来るお客さん。お屋敷ならそこに住んでる人。その人達の為になるよう努めてる?」
「な、何でそんなこと」
「自分の仕事と真摯に向き合えない人を、誰も認めてはくれないと思うの」
何だよ、この女。
「分かった口利くなよ…」
何も知らないくせに。
「これでも、分かってるつもりだよ」
さっきまで宥めるような口調だったのに、急に語気が強くなった。
「さんも、小さい頃から、働いていましたからね」
「え…」
「母さんが生きてた頃は、二人で生きていくために。母さんが死んでからは、一人で生きるために、旅をするために、沢山働いたよ」
何だよ、こいつ。
「いつだって、どんな仕事だって、私なりに真面目にやってきたつもり」
あの薬売りの視線、何だよ。
「逃げたら、負けだよ」
くそ。
薬売りにくっついて来てるだけのクセに。
説教かよ…。
腹立つ。
腹立つけど、でも…その通りだよ。
ここは俺が居るべき場所じゃないって思って、逃げてたんだ。
俺にはもっと広い世界があるって。
居場所がないのは、俺自身のせいなんだ。
「坊。悔しいなら、向き合う事、ですよ」
「…」
声が出ない。
頷くしか出来ない。
「向き合って、向き合って、それでもダメな時は、少しは考えましょう」
「その頃には、もう何処にいるか分かんねぇだろ」
「そう、ですね」
変な笑い方しやがって。
「頑張ろうね」
女が俺に目線を合わせて笑いかけてきた。
この人。
優しい人なんだな。
それに、綺麗な人だ。
「あんたも、一人で頑張ったのか?」
「だよ。…一人と言えば一人だったけど、でも、色んな人が助けてくれた。それに、今は薬売りさんがいるから、独りじゃない」
頑張ったご褒美かな、って小さい声で言った。
「きっといつか、一緒に笑ってくれる人が現れるよ」
「さん…」
何だか、優しく包み込んでくれるような笑顔だ。
「あ、違うね。私達もう一緒に笑えるでしょ?」
今度は、に、と悪戯っぽく笑ってくれた。
俺は、どうしようもなくて、涙を堪えるのに精一杯だった。
「ほら」
きっと俺、変な顔だ。
上手く笑えてない。
でも、その人は、うんうんって頷いてくれた。
「さん」
薬売りの声がした。
なんだ、まだ居たのか。
すっかり忘れてた。
さんは立ち上がると、薬売りの方を向いてしまった。
「弟子が増えなくて安心しました?」
「だから、貴女は弟子じゃあないでしょう」
「半分は弟子です」
じゃあ、もう半分は何なんだ?
俺の視線に気付いたのか、二人は俺に視線をくれる。
「坊、まずはきちんと、自分の仕事を、することですよ」
「…お、おう」
「大丈夫だよ」
「おう」
じゃあ、って言って、二人は俺に背を向けた。
その後姿を、俺はただ見つめてた。
数歩歩いた所で、薬売りが戻ってきた。
さんは、不思議そうにしながら待っている。
俺の目の前まで来た薬売りは、思いっきり俺を見下ろして言った。
「坊、一つ、言っておきますが」
「な、何だよ」
「さんは、弟子じゃあありませんよ。半分もね」
「弟子じゃなかったら何だってんだよ。何で一緒にいるんだよ」
俺のことは鬱陶しがったくせに。
思いっきり不満な顔をしてやると、薬売りは妖しい笑い方をした。
口角が上がって、目を細めた。
そうして、静かに片膝を着くと、囁くように言った。
―――俺の嫁になる人、ですよ。
…俺みたいなガキに、そんなこと言わなくていいっつの。
END
もう決めているらしい…
2014/1/26