先日、俺に弟子入りを志願してきた子供が居た。
そのときの話の中で、さんは、自分の事を“半分は弟子だ”と言っていた。
さんの肩書きといえば、連れだとか、助手だとか言ってきた。
弟子だというのも、今は頷けるけれど、彼女は確実に“半分は”と言った。
では、もう半分は何のつもりでいるのか、少しばかり気になった。
普通に考えれば、俺達は既に恋仲であり、恋人と言ってもいいのだが。
相手はさんだ。
何をどう考えてのことなのか、確かめた方がいいのかもしれない。
「所でさん」
「はい?」
旅の途中の小休止。
よく晴れた高い空の下で、一息つく。
俺の隣に腰掛けるさんは、口を竹筒に付ける手前で動きを止め、こちらを見る。
「あとの半分は、何だったんで」
「…? 何のことですか?」
…既に忘れているのか。
「半分は弟子、と言ったでしょう」
「え、あ…あれですか!?」
思い出した途端、落ち着きがなくなるさん。
まだ飲んでいないのに水筒の栓をして、そこに視線を落とす。
「残りの半分を、聞いてもいいですか」
「と、突然何ですか?」
「いえ、ずっと聞きたいと、思っていたんですよ」
「あ、あれは…言葉の文というか」
何故そんなにも戸惑うのか分からない。
「弟子ではないと言えば、それで済んだ事でしょう」
弟子は取っていない、そう言った方があの少年をかわすには容易かった。
けれど、多分さんは嘘がつけなかったのだろう。
特に、彼のような純朴な子供には。
「で、でも…色々教えてもらってます」
水筒をころころと手の中で転がしてみたり、付いている紐を弄んでみたり。
どうにも落ち着きがない。
「さん」
俺が名を呼ぶと、さんは動きを止めて、漸く俺のほうを見た。
「面と向かって言うのは、ちょっと…」
「何を、今更」
躊躇う理由が分からない。
それとも、俺が思っているような言葉ではないのか。
「それは…」
俺は、さんの顔を覗きこむ。
「俺が思っていることと、違う言葉、ですか」
「そんなの、分かりません」
「同じなら、俺は、嬉しいんですがね」
間近まで顔を寄せて、さんの様子を窺う。
身を引こうとするのを、腕を掴んで阻止する。
そんな俺の行動に、さんは不満そうな顔になる。
若干の間を置いて、さんの目が強気な色に変わった。
「…じゃあ、薬売りさんは何だと思ってるんですか?」
「そう、来ましたか」
「だって、何だかいつも私ばっかり言わされてる気がするんですもん」
「そんな事は、ありませんよ」
「あります。だから今日は私が聞きます。薬売りさんは、私が思うあと半分は、何だと思ってるんですか?」
この反撃のされようが面白かった。
さんは、何の恐れも気兼ねもなく、俺に接する。
普段は弱気な面も見せるが、一度彼女の中の何かが切り替わると、こんな風に強気になるのだ。
自然と口角が上がってしまう。
「いいですか」
「どうぞ」
「恋人、ですよ」
「…」
口に出した途端、さんの頬が染まっていくのが分かった。
「違いますか」
「嬉しいですけど、同義ではない気がします」
「…」
正直、愕然とした。
恋人では、ない…。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
けれど、悟られまいと口を開ける。
「…では、何と」
「私は…」
さんは、一度目を泳がせて何かを考えた。
そして俺に視線を戻すと、やはり頬を染めたまま言った。
「私は、“大切な人”がいいです。薬売りさんにとっての大切な人になりたいです」
何度か、その言葉を頭の中で繰り返す。
「それは、望み、ですか」
「そう…ですね。恋人は大切な人かもしれませんけど、大切な人は恋人だけに限らないと思うんです」
「大切な人であれば、恋人でなくてもいいと」
俺の問いに、さんは小さく頷く。
「でも…出来れば、恋人がいいです」
消え入りそうな頼りない声で、さんはそう言った。
「では、貴女にとって、俺は」
「…た、大切な人です。それでいて、恋人…?」
その問いかけるような言葉に、俺は思わず破顔していた。
一瞬、俺のそんな顔を見たさんが驚いた顔をしていたけれど、俺は構わず彼女を抱きしめていた。
大丈夫。
心配はいりません。
貴女は疾うに、俺の大切な人だ。
それにきっと、大切な人の中には、妻や夫も入っているはずだから。
END
2014/2/16