幕間第六十四巻
〜半分〜






 先日、俺に弟子入りを志願してきた子供が居た。

 そのときの話の中で、さんは、自分の事を“半分は弟子だ”と言っていた。
 さんの肩書きといえば、連れだとか、助手だとか言ってきた。
 弟子だというのも、今は頷けるけれど、彼女は確実に“半分は”と言った。

 では、もう半分は何のつもりでいるのか、少しばかり気になった。

 普通に考えれば、俺達は既に恋仲であり、恋人と言ってもいいのだが。
 相手はさんだ。
 何をどう考えてのことなのか、確かめた方がいいのかもしれない。





「所でさん」

「はい?」


 旅の途中の小休止。
 よく晴れた高い空の下で、一息つく。
 俺の隣に腰掛けるさんは、口を竹筒に付ける手前で動きを止め、こちらを見る。

「あとの半分は、何だったんで」

「…? 何のことですか?」

 …既に忘れているのか。

「半分は弟子、と言ったでしょう」

「え、あ…あれですか!?」


 思い出した途端、落ち着きがなくなるさん。
 まだ飲んでいないのに水筒の栓をして、そこに視線を落とす。


「残りの半分を、聞いてもいいですか」

「と、突然何ですか?」

「いえ、ずっと聞きたいと、思っていたんですよ」

「あ、あれは…言葉の文というか」

 何故そんなにも戸惑うのか分からない。

「弟子ではないと言えば、それで済んだ事でしょう」

 弟子は取っていない、そう言った方があの少年をかわすには容易かった。
 けれど、多分さんは嘘がつけなかったのだろう。
 特に、彼のような純朴な子供には。

「で、でも…色々教えてもらってます」


 水筒をころころと手の中で転がしてみたり、付いている紐を弄んでみたり。
 どうにも落ち着きがない。


さん」

 俺が名を呼ぶと、さんは動きを止めて、漸く俺のほうを見た。


「面と向かって言うのは、ちょっと…」

「何を、今更」

 躊躇う理由が分からない。
 それとも、俺が思っているような言葉ではないのか。

「それは…」

 俺は、さんの顔を覗きこむ。

「俺が思っていることと、違う言葉、ですか」

「そんなの、分かりません」

「同じなら、俺は、嬉しいんですがね」

 間近まで顔を寄せて、さんの様子を窺う。
 身を引こうとするのを、腕を掴んで阻止する。

 そんな俺の行動に、さんは不満そうな顔になる。

 若干の間を置いて、さんの目が強気な色に変わった。


「…じゃあ、薬売りさんは何だと思ってるんですか?」

「そう、来ましたか」

「だって、何だかいつも私ばっかり言わされてる気がするんですもん」

「そんな事は、ありませんよ」

「あります。だから今日は私が聞きます。薬売りさんは、私が思うあと半分は、何だと思ってるんですか?」

 この反撃のされようが面白かった。

 さんは、何の恐れも気兼ねもなく、俺に接する。
 普段は弱気な面も見せるが、一度彼女の中の何かが切り替わると、こんな風に強気になるのだ。

 自然と口角が上がってしまう。


「いいですか」

「どうぞ」

「恋人、ですよ」

「…」


 口に出した途端、さんの頬が染まっていくのが分かった。


「違いますか」

「嬉しいですけど、同義ではない気がします」

「…」

 正直、愕然とした。
 恋人では、ない…。
 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 けれど、悟られまいと口を開ける。


「…では、何と」


「私は…」


 さんは、一度目を泳がせて何かを考えた。
 そして俺に視線を戻すと、やはり頬を染めたまま言った。





「私は、“大切な人”がいいです。薬売りさんにとっての大切な人になりたいです」




 何度か、その言葉を頭の中で繰り返す。




「それは、望み、ですか」

「そう…ですね。恋人は大切な人かもしれませんけど、大切な人は恋人だけに限らないと思うんです」


「大切な人であれば、恋人でなくてもいいと」

 俺の問いに、さんは小さく頷く。

「でも…出来れば、恋人がいいです」

 消え入りそうな頼りない声で、さんはそう言った。

「では、貴女にとって、俺は」

「…た、大切な人です。それでいて、恋人…?」


 その問いかけるような言葉に、俺は思わず破顔していた。

 一瞬、俺のそんな顔を見たさんが驚いた顔をしていたけれど、俺は構わず彼女を抱きしめていた。





 大丈夫。
 心配はいりません。

 貴女は疾うに、俺の大切な人だ。





 それにきっと、大切な人の中には、妻や夫も入っているはずだから。


















END






2014/2/16