幕間第六十六巻



〜涙〜






 あの後、薬売りさんは小さく微笑んだ。
 微笑むと言っても、多分、私にしか分からない位のもの。
 私はと言うと、戸惑いとか嬉しさとか、恥ずかしさとか、色んな気持ちがごちゃごちゃして、何にも出来なくて、動けなかった。
 薬売りさんはそんな私の手を取って、歩き出した。
 半ば引っ張られるようにして、私は漸く動き出すことが出来た。

 薬売りさんの後ろを、俯きながら歩いた。
 引かれる手が、とても熱かった。

 それでも次第に嬉しさがこみあげてきて、笑っていた。
 笑ったというか、多分、にやけてた。
 最後にはちょっとだけ、涙が滲んだ気もした。

 薬売りさんがちらりとこっちを振り返ったとき。
 自分がどんな顔をしてたのか分からなかったけど。
 でも、薬売りさんは目を細めて、ちょっと嬉しそうだった。


 それを見たら何だかくすぐったくて。
 急に涙が溢れてきた。
 ちょっと涙目ってくらいから、それはもうボロボロ溢れ出て。
 自分でもどうしていいか分からなくなった。

 そうしたら、薬売りさんが向い合せに立ち止まった。
 少しだけ首を傾げて、私を見下ろす。
 涙を拭おうとした私の手を、薬売りさんは制した。
 そうして薬売りさんの手が、頬を覆った。
 親指で、優しく涙を拭ってくれた。


「泣くほどの、ことですか」

 少し呆れたような声。

「私には、泣くほどのことなんです」

「俺が、貴女を好きだと言ったことが」

 それに大きく頷いて見せる。

「俺との、口付けが」

 ちょっとだけ躊躇いながら頷いて見せる。

「そう、ですか」

「だって…」

 嬉しいんだから仕方がない。
 想いが通じ合っている証だから。
 胸がいっぱい過ぎて、言葉にならなかった。

「そりゃあ、こちらとしても、嬉しいこと、ですよ」

 口角を上げる薬売りさん。
 それにつられて、私も笑む。


 そして薬売りさんの顔が近づいてくる。
 あ、と思って目を伏せる。







 頬を流れる涙を、薬売りさんの唇が拭ってくれたようだった。



















-END-










2014/8/31
2014/9/7 脱字修正