「札が、光った…?」
薬売りさんは珍しく目を見開いて驚いた。
「はい」
あの、濃紺の中、この札が淡く光って辺りを照らしてくれた。
光があることで、どれほど心強かったか。
「このお札には、そういう力も込められているんですよね?」
あの後、新たに薬売りさんからもらった札を、着物の上から示す。
薬売りさんはと言えば、更に新たな札を作っている。
詳しくは教えてもらえないけれど、特別な紙に特別な墨汁で書いているらしい。
その呪文は難解で、何の文字とも読み取れない。
毎回凄い数の札を使っているにも関わらず、あまり大量には作っていないのがとても不思議。
「いえ」
「え?」
「魔除けにはなっても、光は…」
そう言って、少し考える素振りをする。
それから何か思い至ったらしい。
薬売りさんは筆を置くと、私の方へとやってきた。
私は縫物の手を止めて、薬売りさんを見上げる。
片膝を着いてしゃがみ込むと、手を伸べてきた。
少し驚いて身を引いてしまったけれど、薬売りさんは構わずに私の頭にポンと手を乗せた。
「それはきっと、貴女の力、ですね」
「わ、たし…?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
口を開けたままポカンとする私を見て、薬売りさんの目が細まる。
「繻雫が、言っていましたよ」
「繻雫?」
そう言えば、薬売りさんを蔵まで案内したのは、繻雫だった。
その時のこと?
「貴女の力は、少しずつ強くなっている、と」
「私の力が…?」
静かに頷く薬売りさん。
「貴女の心に呼応して、札に光が宿ったのかも、しれません」
「そんな…ことが」
言葉が出ない。
ちょっとずつ、ちょっとずつ修練を重ねてきて、どれくらいの成果が上がってるのか分からない中で。
札に光が宿ったのは、そのお陰だって。
薬売りさんを見上げる。
変わらず目を細めている。
「薬売りさん!!」
嬉しくて堪らない。
だって、漸く自分の身を守る第一歩を踏み出せたんだから。
「ありがとうございます! 薬売りさんのお陰です!!」
「…さん…」
珍しく戸惑ったような薬売りさんの声。
「今日は随分、大胆、ですね」
そう言われて我に返った。
「あ、ご、ごめんなさい…」
思わず、薬売りさんに抱きついていたのだ。
両腕が薬売りさんの首に回っていた。
「その…嬉しくて…」
離れようとすると、薬売りさんがそうさせてくれなかった。
薬売りさんの手が背中に回っていた。
それからゆっくりと、元の正座に戻る。
薬売りさんの視線が降り注ぐ。
「俺も、嬉しい、ですよ」
薬売りさんが髪を撫でてくれる。
「もともと貴女の力は、繻雫がくれたもの。その力も影響しているのかも、しれませんね」
「繻雫にも感謝しなくちゃいけませんね」
片手を胸に当てて、そっと目を閉じた。
じんわりと胸が温かくなったような気がした。
まるで、繻雫が応えてくれているよう。
その温かさを噛みしめて、ゆっくり目を開ける。
すぐに薬売りさんの穏やかな顔が見えた。
「私、もっと頑張ります」
「…ほぅ」
「繻雫に長く会っていたいし」
「…そこ、ですか」
「いえ」
短く答えて、薬売りさんに笑って見せる。
「…貴方を守りたいから」
薬売りさんはふっと笑った。
「一体、いつになることやら」
「きっとすぐです」
例えそれが、私から何を奪っても――。
END
2014/9/21