幕間第六十八巻

〜失うもの〜






「札が、光った…?」


 薬売りさんは珍しく目を見開いて驚いた。


「はい」


 あの、濃紺の中、この札が淡く光って辺りを照らしてくれた。
 光があることで、どれほど心強かったか。


「このお札には、そういう力も込められているんですよね?」


 あの後、新たに薬売りさんからもらった札を、着物の上から示す。
 薬売りさんはと言えば、更に新たな札を作っている。
 詳しくは教えてもらえないけれど、特別な紙に特別な墨汁で書いているらしい。
 その呪文は難解で、何の文字とも読み取れない。
 毎回凄い数の札を使っているにも関わらず、あまり大量には作っていないのがとても不思議。


「いえ」

「え?」

「魔除けにはなっても、光は…」


 そう言って、少し考える素振りをする。
 それから何か思い至ったらしい。
 薬売りさんは筆を置くと、私の方へとやってきた。
 私は縫物の手を止めて、薬売りさんを見上げる。

 片膝を着いてしゃがみ込むと、手を伸べてきた。
 少し驚いて身を引いてしまったけれど、薬売りさんは構わずに私の頭にポンと手を乗せた。


「それはきっと、貴女の力、ですね」


「わ、たし…?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 口を開けたままポカンとする私を見て、薬売りさんの目が細まる。


「繻雫が、言っていましたよ」

「繻雫?」

 そう言えば、薬売りさんを蔵まで案内したのは、繻雫だった。
 その時のこと?


「貴女の力は、少しずつ強くなっている、と」

「私の力が…?」


 静かに頷く薬売りさん。


「貴女の心に呼応して、札に光が宿ったのかも、しれません」

「そんな…ことが」


 言葉が出ない。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ修練を重ねてきて、どれくらいの成果が上がってるのか分からない中で。
 札に光が宿ったのは、そのお陰だって。


 薬売りさんを見上げる。

 変わらず目を細めている。


「薬売りさん!!」


 嬉しくて堪らない。
 だって、漸く自分の身を守る第一歩を踏み出せたんだから。


「ありがとうございます! 薬売りさんのお陰です!!」


「…さん…」

 珍しく戸惑ったような薬売りさんの声。

「今日は随分、大胆、ですね」

 そう言われて我に返った。


「あ、ご、ごめんなさい…」


 思わず、薬売りさんに抱きついていたのだ。
 両腕が薬売りさんの首に回っていた。

「その…嬉しくて…」

 離れようとすると、薬売りさんがそうさせてくれなかった。
 薬売りさんの手が背中に回っていた。

 それからゆっくりと、元の正座に戻る。
 薬売りさんの視線が降り注ぐ。


「俺も、嬉しい、ですよ」


 薬売りさんが髪を撫でてくれる。

「もともと貴女の力は、繻雫がくれたもの。その力も影響しているのかも、しれませんね」

「繻雫にも感謝しなくちゃいけませんね」

 片手を胸に当てて、そっと目を閉じた。
 じんわりと胸が温かくなったような気がした。
 まるで、繻雫が応えてくれているよう。
 その温かさを噛みしめて、ゆっくり目を開ける。

 すぐに薬売りさんの穏やかな顔が見えた。

「私、もっと頑張ります」

「…ほぅ」

「繻雫に長く会っていたいし」

「…そこ、ですか」

「いえ」


 短く答えて、薬売りさんに笑って見せる。


「…貴方を守りたいから」


 薬売りさんはふっと笑った。




「一体、いつになることやら」


「きっとすぐです」



















 例えそれが、私から何を奪っても――。



















END









2014/9/21