幕間第七十巻


〜こちらへ・弐〜






 私は、意を決して自分の布団を出た。


 冷気に曝されて、一気に体温が奪われる。


 枕を掴んで、急いで薬売りさんの布団に潜り込んだ。



 薬売りさんは、優しく私を迎え入れてくれた。
 そうして抱きしめてくれた。
 布団も、薬売りさんの腕も胸も…

「あったかい…」

 思わず、声が出ていた。

「貴女は、すっかり冷えていますね」

「…すみません」

 本当にばつが悪い。
 俯こうとすると、薬売りさんの手が動いた。
 腰の辺りを引き寄せられて、心臓が跳ねた。

 それで急に、我に返った。
 布団の中、薬売りさんと二人。
 抱きしめられている状況。

 温かいけど、でも…。

「あまり離れちゃあ、そこから冷気が入り込みます」

「す、すみません」

 どうしよう。

 薬売りさんと私には、僅かの隙間もない。


 こんなに…密着してる…。




 恥ずかしくて。
 でも、嬉しくて。

 それでいて、少し、恐い。

 こんなに脈打ってたら、心臓の音が聞こえてしまうかも。



「え…、あのっ」


 薬売りさんの足が、私の足に絡んだ。
 足先を優しく擦られる。

 もう、声が出ない。


「冷たい、ですね」


 そう言われても、何の返事も出来ない。

 不安と、緊張と、羞恥と、恐怖…。

 色んな感情が混ざり合って、混乱する。

 涙が出そうになって、ぎゅっと目を瞑った。




「大丈夫、ですよ」


 腰に感じていた薬売りさんの手の温もりがなくなって、代わりに頬に温かいものが触れた。
 それから前髪を弄られた。

さん」

 呼ばれて、恐る恐る目を開ける。

「そんな、泣きそうな顔を、しないでくれませんか」

 間近に見える、薬売りさんの優しい顔。

「だ…、だって」

 こんなの、初めてだから。

「何も、怖がることは、ありませんよ」

 でも、こんな…。

「俺はただ、貴女を温めて、共に眠りたいだけ、ですから」

 薬売りさんは、だただた、何処までも優しくて。

 こんなに動揺してる自分が、情けなくなるくらい。

「こんなんじゃ、眠れません…」

 頼りない声と言葉しか出てこない。

「そのうち、慣れますよ」

 やんわりとかわされた。

「俺はいっそのこと、毎夜、こうして寝ても、いいんですがね」

「な!?」

 毎夜!?
 悪戯っぽい声で、とんでもない事を言ってくれてるけど。
 そんなの、こっちの身が持ちません!

「薬売りさん!? からかってます?」

「からかってなど、いませんよ」

「笑ってるじゃないですか」

「嬉しいから、ですよ」

 そうやって誤魔化して。


「それより、大分温まってきたようで」

「あ、当たり前です。こんな状況で、冗談言って」

「そりゃあ、良かった」

 良かった!?

「このまま、目を閉じてしまいましょう。きっと、よく眠れます」

 薬売りさんは、また手を私の腰に戻した。

「…そんな…急に眠れません」

「こうしていれば、何れ眠れます」

 恨めしそうに薬売りさんを見ていると、薬売りさんは穏やかに微笑んだ。

 そうして薬売りさんは私の額に唇で触れた。



「いい夢を」
















END







2014/12/7