私は、意を決して自分の布団を出た。
冷気に曝されて、一気に体温が奪われる。
枕を掴んで、急いで薬売りさんの布団に潜り込んだ。
薬売りさんは、優しく私を迎え入れてくれた。
そうして抱きしめてくれた。
布団も、薬売りさんの腕も胸も…
「あったかい…」
思わず、声が出ていた。
「貴女は、すっかり冷えていますね」
「…すみません」
本当にばつが悪い。
俯こうとすると、薬売りさんの手が動いた。
腰の辺りを引き寄せられて、心臓が跳ねた。
それで急に、我に返った。
布団の中、薬売りさんと二人。
抱きしめられている状況。
温かいけど、でも…。
「あまり離れちゃあ、そこから冷気が入り込みます」
「す、すみません」
どうしよう。
薬売りさんと私には、僅かの隙間もない。
こんなに…密着してる…。
恥ずかしくて。
でも、嬉しくて。
それでいて、少し、恐い。
こんなに脈打ってたら、心臓の音が聞こえてしまうかも。
「え…、あのっ」
薬売りさんの足が、私の足に絡んだ。
足先を優しく擦られる。
もう、声が出ない。
「冷たい、ですね」
そう言われても、何の返事も出来ない。
不安と、緊張と、羞恥と、恐怖…。
色んな感情が混ざり合って、混乱する。
涙が出そうになって、ぎゅっと目を瞑った。
「大丈夫、ですよ」
腰に感じていた薬売りさんの手の温もりがなくなって、代わりに頬に温かいものが触れた。
それから前髪を弄られた。
「さん」
呼ばれて、恐る恐る目を開ける。
「そんな、泣きそうな顔を、しないでくれませんか」
間近に見える、薬売りさんの優しい顔。
「だ…、だって」
こんなの、初めてだから。
「何も、怖がることは、ありませんよ」
でも、こんな…。
「俺はただ、貴女を温めて、共に眠りたいだけ、ですから」
薬売りさんは、だただた、何処までも優しくて。
こんなに動揺してる自分が、情けなくなるくらい。
「こんなんじゃ、眠れません…」
頼りない声と言葉しか出てこない。
「そのうち、慣れますよ」
やんわりとかわされた。
「俺はいっそのこと、毎夜、こうして寝ても、いいんですがね」
「な!?」
毎夜!?
悪戯っぽい声で、とんでもない事を言ってくれてるけど。
そんなの、こっちの身が持ちません!
「薬売りさん!? からかってます?」
「からかってなど、いませんよ」
「笑ってるじゃないですか」
「嬉しいから、ですよ」
そうやって誤魔化して。
「それより、大分温まってきたようで」
「あ、当たり前です。こんな状況で、冗談言って」
「そりゃあ、良かった」
良かった!?
「このまま、目を閉じてしまいましょう。きっと、よく眠れます」
薬売りさんは、また手を私の腰に戻した。
「…そんな…急に眠れません」
「こうしていれば、何れ眠れます」
恨めしそうに薬売りさんを見ていると、薬売りさんは穏やかに微笑んだ。
そうして薬売りさんは私の額に唇で触れた。
「いい夢を」
END
2014/12/7