幕間第七十一巻
〜秘め事〜






 すぐ隣で寝息を立てるさん。
 さっきまでの怯えた顔なんて嘘のように、穏やかな顔をしている。
 躊躇いがちに、左手で俺の着物の袷を掴んで、もうすっかり夢の中だ。

 残念ながら、腕枕とはいかなかった。
 けれど、自分で肘枕をして、上からさんの寝顔を眺めるのも悪くはない。
 さんには、“あまり見るな”と言ってしまったが、見る側ともなれば話は別だ。

 しかし、見るだけでは済まなそうだ。
 手持無沙汰な右手が、動いていた。

 まずは髪を梳いてみる。
 漆黒の髪は、面白いように指を滑っていく。

 顔にかかったその髪を避ける。
 同じ色の睫毛が、微かに震える。

 起こさないよう、その頬に触れる。
 さっきまで、あれ程血色がよかったのに。
 今は冷気に触れて、白く戻りつつある。

 僅かに開いた唇。
 漸くそこに触れられたのは、つい先日。
 無意識に、指先で触れていた。

 あの時のかさついた感じはなかった。
 しっとりとして、柔らかい。

 ちらりと、閉じた瞼を盗み見る。
 規則的な寝息を確認する。

 触れても、いいだろうか。
 “何もしない”なんて、大法螺吹きだ。


 もう一度起きていないか確認して、肘枕を崩した。



 そっと、唇で唇に触れてみた。



 すぐに離して、さんの様子を伺う。

 微かに身を捩っただけで、特に変化はなかった。
 それに安堵する。
 けれど、変化は自分の中にあった。
 ざわついているのは、胸の奥の方。







ただ軽く触れただけだというのに



 こんなにも…







 もう一度、唇に指で触れる。



 ここに触れたいという欲求。
 相手が寝ていることへの罪悪感。



 けれど、どうしようもない。
 愛おしくて仕方がない。
 触れたくて、触れたくて仕方がないのだ。



 もう一度唇を塞ぐ。
 さっきよりも少しだけ長く。





















END












これにて2014年の更新は最後にさせていただきます。
今年も一年、本当にありがとうございました。


2014/12/21