薬売りさんの事、何も知らないことぐらい、分かってる。
だって、聞いていないのだから。
もともと、薬売りさんには謎が多い。
退魔の剣の事。天秤さんの事。それ以前に本当の名前や生い立ち、薬売り稼業の事。
どれも、何も知らない。
知りたいと、思わなくもない。
ううん、本当は…知りたい。
話してくれれば、受け止める覚悟はある。
だって、あんな力を持っているんだから、何かしら事情があることくらい、私にも分かる。
私が繻雫から力を貰ったと同様に、薬売りさんだって、何かを犠牲にしたのかもしれない。
辛い思いをしたのかもしれない。
そういう深いところに、簡単に踏み込んでいいはずがない。
だから、薬売りさんが話したくなったら話してくれればいいと思ってる。
それがいつになるのか。
到底想像は出来ないけれど。
私は、今だって十分幸せなのだ。
薬売りさんと旅をして、大切にしてもらって、薬売りさんを想うことが出来て。
あちこち町をめぐって、自分の力を活かして、モノノ怪を斬る手伝いをする。
仕事をして、人と出会って別れて、だけど薬売りさんとはずっと一緒に居られて。
それで十分。
というか、今の状態でいっぱいいっぱい。
傍に居てくれて、私を想ってくれて、触れてくれて…。
以前より距離が近づいたと思う。
幸せすぎて、怖いくらい。
でも、薬売りさんの事を深く知るには、まだ遠いのだと思う。
もっと近くにいかなきゃいけない。
…心が触れるほどに。
きっと、薬売りさんは全部を見せてくれているわけじゃない。
もともとあまり考えを口にしないし、思っていることが外に現れない人だし。
もちろん、私も、薬売りさんに何処まで曝け出していいのか分からない。
まぁ、思っている事なんてすぐに言い当てられるし、隠し事もすぐにバレてしまうから、薬売りさんに見せていない部分なんて、もうあまり残ってはいないんだけど。
それでも、その残った部分を曝け出した時、薬売りさんがどう思うのかを考えると、怖くて中々出来ない。
薬売りさんが同じように思っているかは分からないけど、きっと全部を他人に見せるなんて、出来る人の方が少ない。
だから、少しでいい。
今より少し、薬売りさんの事を知りたい。
その為に、少しずつでも、もっと私の事を知ってもらって…。
そうしたら、薬売りさんも、少しずつ、薬売りさんの事教えてくれるようになるんじゃないかって。
心を開いて、分けてくれるって。
そう思ってる。
私はずっと、薬売りさんの傍にいたいから。
どんな薬売りさんでも、受け止めたい。
何があっても、支えていきたい。
END
2016/4/17