幕間第七十五巻








 薬売りさんの事、何も知らないことぐらい、分かってる。
 だって、聞いていないのだから。

 もともと、薬売りさんには謎が多い。
 退魔の剣の事。天秤さんの事。それ以前に本当の名前や生い立ち、薬売り稼業の事。
 どれも、何も知らない。

 知りたいと、思わなくもない。
 ううん、本当は…知りたい。

 話してくれれば、受け止める覚悟はある。
 だって、あんな力を持っているんだから、何かしら事情があることくらい、私にも分かる。
 私が繻雫から力を貰ったと同様に、薬売りさんだって、何かを犠牲にしたのかもしれない。
 辛い思いをしたのかもしれない。
 そういう深いところに、簡単に踏み込んでいいはずがない。

 だから、薬売りさんが話したくなったら話してくれればいいと思ってる。

 それがいつになるのか。
 到底想像は出来ないけれど。


 私は、今だって十分幸せなのだ。

 薬売りさんと旅をして、大切にしてもらって、薬売りさんを想うことが出来て。
 あちこち町をめぐって、自分の力を活かして、モノノ怪を斬る手伝いをする。
 仕事をして、人と出会って別れて、だけど薬売りさんとはずっと一緒に居られて。
 それで十分。
 というか、今の状態でいっぱいいっぱい。
 傍に居てくれて、私を想ってくれて、触れてくれて…。
 以前より距離が近づいたと思う。
 幸せすぎて、怖いくらい。

 でも、薬売りさんの事を深く知るには、まだ遠いのだと思う。
 もっと近くにいかなきゃいけない。
 …心が触れるほどに。

 きっと、薬売りさんは全部を見せてくれているわけじゃない。
 もともとあまり考えを口にしないし、思っていることが外に現れない人だし。
 もちろん、私も、薬売りさんに何処まで曝け出していいのか分からない。
 まぁ、思っている事なんてすぐに言い当てられるし、隠し事もすぐにバレてしまうから、薬売りさんに見せていない部分なんて、もうあまり残ってはいないんだけど。

 それでも、その残った部分を曝け出した時、薬売りさんがどう思うのかを考えると、怖くて中々出来ない。
 薬売りさんが同じように思っているかは分からないけど、きっと全部を他人に見せるなんて、出来る人の方が少ない。

 だから、少しでいい。
 今より少し、薬売りさんの事を知りたい。
 その為に、少しずつでも、もっと私の事を知ってもらって…。
 そうしたら、薬売りさんも、少しずつ、薬売りさんの事教えてくれるようになるんじゃないかって。
 心を開いて、分けてくれるって。
 そう思ってる。

 私はずっと、薬売りさんの傍にいたいから。
 どんな薬売りさんでも、受け止めたい。
 何があっても、支えていきたい。











〜覚悟〜












END







2016/4/17